第148話 満員電車



 坑道に足を踏み入れた瞬間、体に何か纏わりつく様な物理的に重い空気が俺達を出迎えた。


 湿度が高いとかそう言った感じではない……いや、若干湿度も高い気はするけど、この淀んだ感じはなんかもっとぞわぞわするというか、不穏な物を感じる。


「なんとも言い難い雰囲気だな」


「そうっスね。後、フェルズ様……この先の小部屋凄い事になってるっス」


「どういうことだ?」


 凄い事とは言っているが、クーガーに緊張した様子は見えない。


「この先の小部屋で魔物がひしめき合っているっス」


「魔物がひしめき合うとはまた随分な表現だが……調査の為にも制圧が必要だな。まぁ、採掘場の調査と魔物の調査を一か所で出来るのだから楽になったと考えるか」


「そっスね」


 地図を見た感じ、最初の小部屋まではそんなに距離はない。

 クーガーのお陰で魔物がいるのは分かったし、隊列を変えておくか。


「先頭をリーンフェリア、二列目にレンゲ、その後ろに俺が着く。クーガーはオトノハを守れ」


 俺の指示に全員が頷き、隊列を変更する。


 さてと、クーガーはひしめき合うと言っていたが……そんなに多くの魔物がこんな入り口付近にいるのか?


 こんな場所だと、ドワーフ達が戦うにしても地の利もくそもないと思うのだが……魔物が出口付近に集まっているのか、それとも数が増えてこんな入り口近くまで溢れて来ているのか、まぁ何にしてもロクでもない事態なのは間違いなさそうだ。


 今まで魔物が外に出てこなかったからと言って、今後もそうだとは限らない。


 小部屋に集まっている魔物達はまさに今これから坑道を駆け抜け、ドワーフ達の街に襲い掛かってもおかしくはないのだ。


 ここは魔物占拠されている採掘場の中でも一番最初に占拠された場所らしいし、ここより状況が悪いことになっている場所がないと良いのだけど。


 そんなことを考えながら歩を進めていると、坑道の先が何やら騒がしくなって来た。この辺りまで近づけば俺にもこの先の異変が分かるようだけど、うん、全く嬉しくないね。


 そんなざわざわとした気配を感じながら進んでいくと、件の小部屋が見えて来たのだが……。


「いすぎだろ……」


「「……」」


 クーガー以外の全員が俺と同じ感想を抱いたことだろう。多少の事では動じないうちの子達が絶句しているのが伝わって来る。


 何故なら俺達の視線の先にある小部屋には、なんというか……満員電車のような状態というか……みっちりと魔物が詰まっていたのだ。


 粘体のスライムが詰まっているとかではない、十メートル四方程度の小部屋に何十体もの魔物達が押し込められているような状態になっているのだ。


 魔物の多くは巨大な虫……はっきり言って滅茶苦茶気持ち悪い。こちらの坑道にはみ出してきていないのが不思議なくらいだ。


 さて……ただ殲滅するだけならここから魔法をぶちかませば終わりだが、さっき坑道をあまり傷つけるなと言ったばかりだしな……俺の雷属性の魔法なら大丈夫かもしれないけど……というか正直魔法で消し飛ばしたい。


「フェルズ様」


 俺が魔物をどう処理するか考えていると、俺のすぐ前にいるレンゲが振り返りながら俺の名を呼ぶ。


「なんだ?」


「私に任せて」


 めっちゃ男前な台詞だが、その目は相変わらず半眼で眠そうなレンゲ。断じて俺があの部屋に突っ込みたくないからではないが……レンゲに任せてみるのも良いだろう。折角やる気を出して立候補してきたわけだしね。


「……分かった。レンゲ、あの部屋の魔物を処理しろ。ただしすべては殺すな。調査の為に数匹は捕獲しろ」


「了解」


 レンゲが頷くと同時に、先頭に立っていたリーンフェリアが道を開ける。


 それを確認したレンゲは背負っていた両手斧を手に取り振りかぶると、ドンという音をこの場に残し、弾丸の様な速度で小部屋に突撃する。


「どーん」


 そんな少し気の抜ける掛け声とともに、レンゲは刃を立てずに斧の腹の部分を密集した魔物に向かって振り下ろし、叩き潰す。


 ぐっちゃりと潰された魔物には目も向けず、そのまま両手持ちの斧を片手で軽々と振り回し、部屋で何をする訳でもなくみっちりと詰まっていただけの魔物達を薙ぎ払って行く。


 ……壮絶な光景だな。


 身長百六十センチ程度のレンゲが、自分の身の丈程もある両手斧を軽々とぶん回し、デカいネズミや蜘蛛、蟻、ムカデ……見た目も中々醜悪な魔物達を有無を言わさずに殲滅していく。


 大型の剣や斧は遠心力を使って叩き潰す物、といった話をどこかで見た記憶はあるが……レンゲの斧を受けた魔物達は爆散しているのだけど、アレは遠心力の賜物なのだろうか?


 あんな大型の武器をぶんぶん振り回しているのに、レンゲ自身の身体が全く振り回される様子がないのだけど……うん、深く考えちゃダメだな。こういうものだと納得しておこう。


 若干現実逃避をしつつ凄惨な現場を見学していると、レンゲは魔物をかき分けるように薙ぎ払いながら壁際に辿り着いた。


 レンゲが部屋に突入してまだ数秒といったところだが、もう四分の一くらいの魔物は倒されている。同じペースでいくなら三十秒もあればあの部屋の殲滅は出来そうだけど……部屋の密集度が少し下がったからか、魔物達が動き出す。


 といってもぎゅうぎゅう詰めの満員電車から、かなり混雑している満員電車にグレードが落ちた程度の密集度なので、自由自在とは言えない、っていうか体の向きを変えるだけで精一杯のようだ。まだまだ手あたり次第暴れられるレンゲ有利と言った感じだね。


「ブーメラン」


 壁際で振り返ったレンゲが、構えた斧を横薙ぎしながらぶん投げた。


 投げられた斧は物凄い勢いで回転しながら、満員電車に乗る魔物達をバンバンなぎ倒し……いや、弾けさせていき、楕円の軌跡を描きながらレンゲの元へと戻っていく。


 ……。


 いや、分かっている。


 アレは斧のスキル『トマホークブーメラン』だ。


 近接物理系の武器は剣槍斧の三種だが、それぞれ一つずつ遠距離攻撃スキルを持っていて『トマホークブーメラン』は斧の遠距離攻撃スキルだ。


 投げられた斧が回転しながら飛んで行き、使用者の所に戻る。行きと帰りの往復で二度ダメージを与える使い勝手の良いスキル……大丈夫だ、俺は突っ込まない。


 そもそも斧はブーメランじゃないとか、ブーメランは敵にぶつかったあと戻ってこないとか……そんなことは言わない。


 とりあえずアレだ、ゲームの時は範囲攻撃じゃなかった『トマホークブーメラン』が、大量の魔物を粉々にする範囲攻撃に進化した事を喜ぼう。


 レンゲは自分の元に戻ってきた斧を見事キャッチすると、そのまま横に一回転して再び斧をぶん投げた。


 魔法と違って武器のスキルは魔石を使って補充する魔力ではなく、体力を消費して発動するからな……まぁ、レンゲの体力なら十発撃っても余裕だが……戦闘が終わったらポーションを使う必要がある。


 レンゲが二度目の『トマホークブーメラン』を放ち半分以上の魔物が露と消えたが、ここに至ってようやく魔物達がレンゲに向かって動き始める。


 まぁ、動き始めたところでレンゲの敵ではない。


 蟻の魔物は、蟻酸でも放とうとしたのか体を震わせたところでレンゲに叩き潰され、蜘蛛の魔物は糸を出そうとしたのか背を向けたところを叩き潰され、ムカデの魔物は天井から奇襲を仕掛けようとしたが天井に張り付けられるように叩き潰され、ネズミも蝙蝠も、何かよく分からない虫も……一切合切がレンゲによって叩き潰された。


 しかし、仲間がそんな目に遭っているにも拘らず、魔物達は怯える様子を一切見せることはない。


 ただ無為にレンゲに近づき屠られる……ただ同じことの繰り返しだ。


 相手が一メートル以上もある虫やらネズミやらじゃなかったら、若干の憐憫を覚えたかもしれないが、正直そんなちょっと気持ち悪い系の魔物に襲い掛かられるレンゲの方が可哀想に……いや、あの暴れっぷりを見てるとそれもないな。


 うん……なんというか、まさにこれこそ飛んで火にいる夏の虫って感じで……レンゲという業火に突っ込んでいく魔物達は、例外なく叩き潰されて最後を迎える。


 そして、一分と掛らずに小部屋に居た魔物はほぼ全てが居なくなった。


 勿論俺が最初に命じた通り、蟻、蜘蛛、ムカデ、ネズミ、蝙蝠、後なんか気持ち悪い感じの虫をレンゲは殺さずにノックアウトしている。


 それらが死んでいない事を確認したレンゲは、一切汚れていないように見える斧を背中に戻し満足げな表情で口を開く。


「終わった」


「あぁ、レンゲご苦労だった。ポーションを使っておけ、攻撃は受けていなかったがスキルを使って体力を消費しただろう?」


 俺の言葉に頷き、腰につけたポーチからポーションを取り出し飲むレンゲ。その姿を確認した俺は腕を組み、少々考える。


 さて……あの魔物達の残骸で埋め尽くされた部屋に入る……のか?


 マジで……?足の踏み場も無いんじゃが?


 くそ!ゲームだったら敵は死骸なんか残さずにふわっと消えてくれるのに……やはりこれが現実……。


 某不思議なダンジョンとかにあるモンスターハウスって、殲滅した後とんでもないことになってるんじゃないの……?そんなところに落ちてるおにぎりとかパンとか絶対食いたくないよ?


 いや、そもそもダンジョンで拾ったおにぎりやパンは食べたくないが……。


 そんな風に俺が虚ろな表情で現実逃避をしていると、リーンフェリアを先頭に皆が小部屋の中に足を踏み入れていく。


 う……やっぱり行かなきゃダメか。まぁ、仕方ないよね、これも現実のダンジョン探索……。


「お待ちください!フェルズ様!」


 覚悟を決めて小部屋へと足を踏み入れようとした俺に、リーンフェリアが慌てた様に声をかけて来る。


「ここは今大変汚れております!お待たせして大変申し訳ありませんが、私達が最低限処理をしてから迎え入れたく……」


 思わず笑顔で喜びそうになったが、それをぐっと堪える我覇王。


「良い、これからこの採掘場を探索していくにあたって、この程度の汚れを気にしても仕方あるまい」


 こう言ってしまった以上、俺はこの小部屋に足を踏み込まねばならん……背筋を駆けあがって来そうになる身震いを覇王力で抑え込み、俺は歩みを進める。


「それに、処理をすると言ってもここは採掘場、火で燃やすわけにもいかぬだろう?」


「……ですが」


「それに、俺はこうして足を踏み入れてしまったからな。もう遅い。とは言え、この部屋を片付けねばならないのは確かだな。この状態のまま放置したら疫病が発生しかねん」


 そう言いながら辺りを見渡すが、正直片付け方が思いつかない……坑道の入り口まで水系の魔法で押し流す……?いや、後が大変そうだ。後残念ながら今のメンバーに水系の使い手が居ない。


 ここで燃やすのは駄目だし、土魔法で埋めるのも……坑道が崩れるかもしれん。


 最終的には燃やすか埋めるかするだろうけど、どちらにせよここから外に運び出さないと駄目だよな。


 でもこれを綺麗にするとなったら人手が……あぁそうか。


「クーガー、最初の街との往復は一時間もかからないな?」


「かからないっス」


「よし、召喚兵を五十程連れて来てくれ。召喚兵に魔物の死骸を外に運ばせて、外で焼けば良いだろう」


「了解っス!今日はこれ以上探索しないんスよね?」


「あぁ。だからすぐに動いてくれるか?」


「了解っス!」


 こっちの街に到着して、速攻元の街に走らせるのは中々鬼畜っぽいけど……単純作業を任せるのに召喚兵程便利な奴らはいない。


 ついでだからダンジョン探索に荷物持ちとして同行させても良いな。


 レギオンズの時はダンジョンに召喚兵を連れていけないって設定があったけど……この世界では大丈夫だよな?


 ここがダンジョンと決まったわけでもないしね。


 そんなことを考えつつ、小部屋の一角を片付けたオトノハが何やら機材を色々と出して調査を開始するのを俺は眺めた。


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