五章 ダンジョンに挑む我覇王
第125話 本日の仕事は重役出勤
「よーしよしよし、ルミナは相変わらずもふもふですなー。わっしゃしゃしゃー」
自室のベッドの上に寝そべるルミナを両手でわしゃわしゃと撫でる。
そんな俺に対し、仰向けの体勢のまま前足で俺の手を捕まえようとするルミナ。
それに対抗するように抱え込まれている手とは反対の手でルミナの全身を撫でまわす……すると今度はそちらの手をルミナが抱え込もうとして……俺は解放された手でルミナの全身を撫でまわす。
このいたちごっこ……いつまでも続けられるな。
そんな風に癒しのひと時を過ごしていたのだが、置時計の示した時間を見て我に返る。
「……流石にそろそろいいよな」
俺はルミナを撫でる手を緩め、先程までよりも柔らかい手つきでルミナの耳の後ろを掻く。
「じゃぁ、ルミナ、俺は仕事に行ってくるよ。すぐにメイドの子が来てくれるからな」
そう言ってルミナを撫でて……更に五分くらいが経過してから、俺はベッドから離れ部屋から外に出る。
外にはメイドが数名待機しており、皆小さく頭を下げていた。
……部屋の防音は完璧だから、覇王にあるまじきデレッデレの声は外には漏れていない筈。
メイドの子達も笑いをこらえている様子は無いしな。
「着替えたらすぐに現地に向かう。服は任せる」
「畏まりました」
メイドの一人に先導され、俺は衣裳部屋へと向かう。
着替える為の部屋が自室とは別にあるのは何とも豪華な話だと思うけど……ドレッシングルームってヤツだっけ?
基本的に俺はメイド達の用意してくれたものを着るだけだから、あまりこの部屋のありがたみは感じた事はない。
基本的に服には無頓着だけど、流石にルミナの毛塗れのまま外に出る訳にはいかない。特に今日の仕事は……外交……みたいなものだしな。
そんなことを考えている間に服の着替えは終わり、俺はそのまま鎧を着せられる。
別に今日は俺が戦う訳ではないけど……まぁ、見栄えの問題だろう。キリクのオーダーだし。
暫くして鏡の中に漆黒の鎧にマントをつけ、腰には剣を佩いた覇王が現れた。
我ながら……格好いいと言わざるを得ないな……少し斜に構えてポーズを取りたくなるが、メイド達の目があるので、俺は軽く全身をチェックをするだけにしてドレッシングルームを後にする。
さて……それじゃぁ、キリク達の所に向かうとするか。
随分待たせてしまっているが……これもやはり、キリクのオーダーだしな。
「ご足労頂きありがとうございます。フェルズ様」
「問題ない。今日の催しは俺も楽しみにしていたからな。期待しているぞ」
「はっ!フェルズ様のご期待に応えられるよう、全力を尽くします!」
俺が目的地であるエインヘリアの東部に位置する村へと転移すると、そこにはキリクとリーンフェリア、そして二百体程の召喚兵が待っていた。
「準備はもう終わっているか?」
「はっ!客人方も既に高台に移動しております」
「そうか、是非彼らも楽しんで行ってもらいたいものだ。さて、あまり待たせるのもなんだ……向かうとするか」
「はっ!案内いたします、こちらへ」
かなり気合の入った様子のキリクに案内されて移動する事三十分程、村から多少離れた位置にある高台へと俺達はやってきた。
そこには、召喚兵が数百と見慣れない鎧姿の兵がこれまた数百。
そして、それらに守られるように張られた開放型の天幕が複数……体育祭とかで使うタイプの屋根しかないやつだね……その中には男女数名がおり、俺に向けて礼の形を取っていた。
「エインヘリア王陛下。本日は我がルフェロン聖王国の臣下の為に、このような催しを開いて頂き感謝いたします」
俺が天幕に近づくと、頭を下げていた少女……ルフェロン聖王国の聖王であるエファリアが挨拶をして来る。
彼女の国……ルフェロン聖王国で色々と暗躍していた宰相を失脚させ、さらにその派閥の人間の半分以上を重役から罷免したりといった改革を進め……はや一ヵ月程が経過していた。
その間に、我がエインヘリアはユラン公国、フレギス王国、ラーグレイ王国を併呑……魔力収集装置の設置を進め、その支配を盤石にするように動いて来た。
使えない者はガンガン罷免して貴族は廃爵……使えるものは代官として登用……まぁ、この辺は基本的にルモリア王国で行った動きと一緒だ。
基本的に王達は処刑せずに蟄居させ、反乱分子を集めるための餌として使わせて貰っているが、エスト王国やフレギス王国はともかく、ユラン公国の方は少々動きが怪しいらしく、キリクの読みではソラキル王国の動きに呼応して蜂起するだろうとのことだった。
まぁ、ソラキル王国もユラン公国も動きはばっちり把握しているので、こちらの想定以上の事は出来ないだろうけどね。
特にソラキル王国の方は中々キナ臭い感じになってきているようで、例のクレイジーサイコ王子が何やら王位を狙って動き始めたらしく、上層部が慌ただしくなっているらしい。
その間にこちらはこちらで色々とやる事があるので、暫くはそっちでごたごたしておいて貰おうと思う……介入するのは……キリク次第だけどもう少し後だろうね。
そんな訳で、本日の催しは足場固めの一環みたいなものだ。
「遠路はるばるご苦労だったな、聖王殿。今日はルフェロン聖王国の者達が安心する為の催しだ。是非楽しんで行って欲しい」
俺の言葉に、エファリアは顔を上げて微笑みながら頷く。
「はい。我等、ルフェロン聖王国の民を守って下さるエインヘリア軍、その強さの一端を見せて頂けるのです。臣下共々、この日をとても楽しみにしておりました」
ルフェロン聖王国がエインヘリアの属国になる事を宣言して以降、エファリアは俺に対して、公の場では臣下の礼をとるようになった。
属国であることを内外に知らしめるためと言う事らしいが、私人のエファリアの方が接する時間が長かったため違和感は殆ど無いし、個人的に会った時は今まで通りのエファリアだ……まぁ、それに関しては俺が今まで通りで良いと言ったからそうしているのだろうけど。
「グリエル殿もよく来てくれた」
「お招きありがとうございます、エインヘリア王陛下」
エファリアの斜め後ろに立っているルフェロン聖王国の摂政、グリエルに声をかけるが……目の下の隈が凄い事になっているな……。
「……少し顔色が悪いな。ちゃんと休んでいるか?摂政である貴公が倒れたら聖王国の一大事だぞ?」
「多少はといったところですね。宰相の失脚は広範囲に影響を与えましたから……一月程度ではまだまだ混乱の真っ只中。私が率先して動かねば、それこそ大変なことになりかねません」
「そうか……」
まぁ……突然属国になりますとか王様が言い出したら、そりゃ大混乱だろうね……しかも色々と牛耳ってた宰相いなくなってるし……。
「それでも、キリク様やイルミット様のお陰で、かなり楽をさせて貰ってはいます。特に色々な情報が早く貰えるので、本当に助かっています」
「情報収集能力と伝達速度の早さは、エインヘリアの強みの一つだからな。存分に頼ってくれ。それと、これをやろう」
そう言って俺は、腰につけている小さなカバンから小瓶を取り出しグリエルへと手渡す。
「これは……薬でしょうか?」
「あぁ、エインヘリアで製造している薬だ。怪我の治療にも使えるが、疲労回復にも効果がある。うちの代官からは絶賛されているし、試してみてくれ」
「……では、ありがたく」
そう言ってグリエルは若干表情を強張らせながら薬……ポーションを飲む。
……試してくれって言ったのが悪かったのか?実験台って意味では無かったんだが。いや、もしかしたら薬とかが苦手なだけかもしれないね。ポーションもあまり美味しくはないし……というか、どちらかと言えばマズい。
俺は、覚悟を決めた様子でポーションを飲んだグリエルに苦笑しながら問いかける。
「どうだ?味はいまいちだが、効果はすぐに……」
「こ、これは!?凄まじい効果です!エインヘリア王陛下!」
俺の台詞の途中で目を見開きながら叫ぶグリエル。
「それは良かった。だが、その薬はあくまで身体的な疲労を回復しただけで、精神的な疲労は癒されない。適度に休んだほうが作業効率は上がるからな?あまり無理はするなよ?」
「お心遣い感謝いたします、エインヘリア王陛下。ところで、こちらの薬ですが……輸入したりは……」
「その辺りはイルミットと話して貰えるか?」
華麗にスルーパスで部下に仕事を押し付ける我覇王。
「ありがとうございます。しかし、この効果は……出来れば個人的にも少々欲しい所ですね」
「そんなに凄いのか?」
血色の良くなった顔をほころばせながらポーションの入っていた瓶を見つめるグリエルに、エファリアが問いかける。
「とても凄いです。重かった体が嘘のように快調ですし、エインヘリア王陛下は精神的な疲労は癒されないとおっしゃられていましたが、頭もすっきりとしたような気がします」
「その顔色を見れば、体が癒えたことはすぐに分かるが……」
目の下の隈があっさり消えたしね……怖いくらいの効果だと思う。
エファリアが少々難しい顔をしながらポーションの入っていた小瓶を見つめる。
「因みに、副作用のような物は確認されていないから安心してくれ」
「あ、申し訳ありません……エインヘリア王陛下を疑っているわけではありません。ただ、このような秘薬……いかほどの金額になるのかと思いまして……」
あぁ、輸入の際の金額が気になったのか。
「詳しい金額は俺も知らんが、確か金貨二百枚を超えるくらいだったはずだ」
「……二百枚ですか。気軽に飲むには少々値が張りますね」
「販売する際はその値段だが……聖王殿やグリエル殿であれば俺から個人的に送らせてもらおう。勿論対価は不要だ」
「よろしいので?」
「あぁ。本来この薬は疲労回復よりも怪我の治療に使う物だからな。もしもの時の為に携帯しておくことを勧める。販売価格はともかく、原価は非常に安いからな。気兼ねなく使ってくれ。無くなればまたすぐに新しいものを渡そう」
「……格別のご配慮をいただき、感謝いたします」
二人が深々と頭を下げるが、俺としてはこの二人に何かあった方が困るからね。
ポーション程度で安心が買えるならば、安いものだろう。
「但し、取り扱いには注意してくれ。エインヘリア国内でも、信用の置けるものにしか渡していない薬だからな」
「「……」」
俺の言葉に二人は表情を引き締めて頭を下げる。
ポーションは宗教的に色々ありそうなんで、取り扱いは慎重にしているけど……キリクが何か仕掛けてくれているみたいだからね。
俺がここで下手を打つのはマズい……一応後で、エファリア達にポーションあげたってキリクに報告しておこう。
ホウレンソウは大事大事……責任逃れの為にな!
「さて、それではそろそろ、本日のメインイベントと行こうではないか」
俺が天幕の中に用意されている椅子に腰かけると、その隣にエファリアが座る。
俺達のいる天幕以外にも席は用意されており、ルフェロン聖王国の重鎮や、ちらほらとエインヘリアの代官も座っていたりする。勿論全ての天幕には護衛である兵が配置されており、警備は万全と言えよう。
因みに、リーンフェリアは俺の護衛なので当然傍に居るが、俺をここまで案内してくれたキリクはこの天幕には居ない。
彼には大事な仕事があるからね。
俺は高台から目の前に広がる大地を見下ろす。
そこでは、総勢二万五千の召喚兵達が二つの軍に分かれ、陣形を組み睨み合っていた。
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