第63話 TUMA!



「あ゛ーーーーーーー」


 俺は誰も入る事の無いように厳命した玉座の間で、だらしなく玉座に腰掛け、だらしなく口を開き、だらしなく声を上げていた。


 覇王にあるまじき行為ではあるが今だけは許してもらいたい。


 何故俺がこんな状態に陥っているかというと……恥ずかしながら我が国の生命線、魔石の在庫が心もとないからである。


 先程、俺は先日の会議で提案した開発部の人員補充の為、五人のメイドの子達に『魔力収集装置の設置』のアビリティを覚えさせた。


 使用した魔石は全部で五百万……正直、未だかつて味わったことのない、変な腹痛に見舞われて苦しみながらの作業であった。


 しかし、我は覇王……そんな様子を微塵も見せることなく、メイドの子達の強化を終え、いくつか激励の言葉を送り不敵な笑みを見せる。


 メイドの子達のやる気に満ちた表情は、非常に頼もしい物だったが……覇王はお腹が痛くて結構それどころではなかったが、気合で乗り切った。


 幸いというか、不思議というか……メイドの子達が玉座の間から退場してすぐ、俺の腹痛は収まった……あれが俗にいう、お腹がキリキリ痛むという現象だったのだろうか?


 キリキリ痛むという表現は、正直どんな痛みなのか全く分からなかったが……アレがそうなのかもしれない……何というか、内臓を氷の様な冷たい手でつかまれつつ、じわじわと絞られるような……そんな痛みだった。


 下痢の時の様な、とにかくトイレに行きたいって感じとは全く別次元の腹痛だった……出来れば金輪際味わいたくない。


 とりあえず、そんな痛みから解放された俺は、傍に控えていたリーンフェリアに少し一人にして欲しいと伝え、暫くの間緊急時以外は玉座の間に誰も入れないように頼んだ。


 ……よし、魔石の事を考えると、またお腹が痛くなりそうだから別の事を考えよう。


 俺は玉座の上で尻を前方に滑らせ、更にだらしない恰好になる。


 しかし……玉座って硬すぎじゃない?背中とか……背もたれがない方が楽じゃない?ってくらいきついんだが。


 背もたれが直角なのめっちゃつらい……リクライニング機能つけるべきだと思う……む?


 リクライニングチェアを開発して売れば、大儲け出来るんじゃね?


 リクライニング玉座……各国の王はきっと喜ぶと思う……威厳も何もあったものじゃない気もするが。


 でも王様って座りっぱなしだし、リクライニングチェアは行けると思うんだよね……腰痛持ち多そうだし。


 あれ?腰痛の人にリクライニングチェアは良くないのかな?カルモスに聞いてみるか?


 いや、リクライニングチェア自体を体験させないと、カルモスも分からんか……。


 あれってどんな構造なんだろ?


 何度か組み立てた事はあるけど、ネジで肘置きとかを留めるくらいしかしてないから、構造までは分らんな。


 ばねとかいりそうだけど……何の素材で作ればいいんだ?


 鉄……ではないよな?何かの合金か?


 ってかそもそも合金ってどうやって作るんだ?いや、合金ってなんだ?溶かして混ぜればいいのか?うん、専門家に丸投げするのがいいな。覇王は方針を決めるだけで、細かい事考える役じゃない。


 オトノハに聞いてみるか?リクライニングチェアを作れるかどうか。


 ……いや、今一番忙しい部署だしな……人員増やしてまで働かせてるのに、そこに別の仕事をぶっこむってどうなんだ……?ブラックすぎるのでは?


 声をかけたら何とかしてくれそうだけど、だからこそ安易に声はかけられないよな。


 とりあえずリクライニングチェアについては、アイディアとして残しておくとして……魔石での収入とは別に、エインヘリアという国自身もいくらか現金を稼ぐべきだと思うけど、中々いい案が思いつかないんだよね。


 以前カルモスに聞いてみたポーションは、色々と問題があって軽々しく売りに出せないし……特産品は既存の農家に、大打撃どころじゃないダメージを与える。


 よろず屋で買える薬関係はポーションと同じく危険だし……武器や防具の類もダメだ。


 出来れば既存のリソースを奪わない、新たな商品か産業を捻りだしたいところだけど……なんも思いつかん……。


 一番楽なのは、魔石を使ってよろず屋から購入した商品の横流しだけど……国の産業としては駄目過ぎるよね……。


 ポーションは、よろず屋で買わなくても開発部で作ることも出来るからセーフですよ?


 まぁ、それはさておき……よく考えてみれば、俺はあまりこの世界の街がどんな感じなのか知らないよな。


 技術や文化を知らなければ、何が必要で、何が足りないのかも分からない……うむ、今はみんな忙しくアレコレやっているわけだし、ここは覇王自ら市場視察といくべきなんじゃないか?


 いいアイディアが思いつくかもしれないし……何より、俺はこの世界に来て数か月経っているにも拘らず、街をじっくり見物したことがまだ無いのだ。


 これは良くない……覇王として、自らが治める土地の事を伝聞でしか知らないだなんてあるまじきだな!


 よし、早速出掛けよう!


 だらしなく座っていた玉座から身を起こし、俺は玉座の間の出口に向かう。


 扉の外にはリーンフェリアがいる。


 流石に俺一人で出掛けるわけにはいかないから、リーンフェリアも一緒に行くとして……この格好じゃダメだな。


 今の俺は鎧は着ていないものの、結構上質な服装をしているし、リーンフェリアは部分鎧に……なんていうんだ……騎士服?みたいなものを着ているので市井に溶け込むことは出来ないだろう。


 ウルルに頼んでこの世界の一般的な服装を用意してもらうか。






「あの……フェルズ様?何故このような格好で街に?」


「視察だ。だが、俺達が普段通りの格好で歩けば、民は普段通りの行動が出来なくなるだろ?俺が見たいのは普段の民の様子だ。取り繕われた張りぼてではない。それと、今の俺はフェイでお前はリーン。領都に初めて来た村人だ」


 俺は、若干首を傾げながら歩くリーンフェリアに説明をする。


 しかし、しっかり着替えてここまで来たのだから、その疑問は少し遅くないかい?


 俺達がやってきたのは旧ヨーンツ領の領都。カルモスにも知らせることなくお忍びでやってきたので、リーンフェリア以外の護衛は……姿は見えないがウルルだけだ。


 そのリーンフェリアも帯剣しておらず、服装も非常に地味で一般の女性といった装いなので護衛らしさは皆無だ。


 かく言う俺も、村のおっさ……いやお兄さんといった感じになっているので、リーンフェリアの隣に居ても違和感はない。


「なるほど……そういうお考えでしたか。しかし……剣も持たないというのは、少々不用心ではないでしょうか?」


「ウルルが付いていてくれているからな、問題は無い。それに素手だからと言って、後れを取ることも無いだろう?」


「はっ!身命を賭してフェルズ……いえ、フェイ様をお守りいたします」


「……リーン。今の俺はただのフェイだ。そしてお前は……そうだな、俺の妻のリーンだ。村の仕事のついでに領都を観光しに来た夫婦、ということにしておこう」


「つっつつ妻!ふ、夫婦!でするか!?」


 でするか?


「夫婦は嫌か?なら兄妹とか……」


「いやいやいやいやいやいやいやいや!」


 いやなんだね?


「違いまする!」


 今俺の心の声に返事した?


「ふ!ふーふ!夫婦でいきましょう!それがいいです!一番自然です!これで勝てます!」


 何に?


「……ならば、夫婦ということで問題ないな。では早速……いや、この口調では駄目だな。もっと市井に溶け込んで……よし、行こうか、リーン」


「はぅ!」


 俺が声をかけると、両こぶしを握り締めたリーンフェリアが目を瞑りながらのけ反るようなポーズになる。


 背中に氷でも入れられた?


「どうした?」


「にゃ……」


 にゃ?


「……なんでもありませぬ!全身全霊を込めてお役目を果たす所存にて!」


「うん、リーン、少し落ち着こうか。今日はただの観光だよ、難しい事は無い。二人でのんびり街を見て回るだけだ」


「は……はひ」


 リーンフェリアが壊れてしまった。


 顔は真っ赤だし、目の泳ぎっぷりはバタフライ並みの躍動感だし、右手と右足と左手と左足が同時に出てるし……目立つことこの上ないな……。


「リーン、難しいようならウルルと交代しても……」


「……準備万端……」


「大丈夫です!出来ます!やります!全力です!出て来るな!帰れ!」


 リーンフェリアが慌ててこちらに頭を下げた後、何処からともなくスッと現れたウルルを追い返す。


 まぁ、やるというならいいけど……強烈に目立っているな……後、自分から声をかけておいてなんだけど、ウルルはオトノハ達並みに忙しい部署なのだが、大丈夫なのだろうか?


 何はともあれ、ここから動かないと目立ってしょうがないな。


「じゃぁ、リーン、そろそろ行こうか」


「ひゃ……」


 油の切れたロボの様な動きをしているリーンフェリアの手を掴むと、俺は適当な方向に歩き出す。


 とりあえず、人目のない場所まで移動してから視察を開始するのがいいだろう、今の状態では俺達が見るのではなく、俺達が見られる側だ。


 リーンフェリアは真面目系のお堅い騎士だからな、こういった役は難しかったか?


 でも、ノリノリでやってくれそうなカミラは、まだ城から動かせないし、イルミットはこの前の件があるので、遊んでいると思われるのはちょっと怖いし……エイシャかマリー辺りで兄妹設定ってのでも良かったかな?


 因みに、男はノーだ。


 断固拒否する……二人で街を歩くなら女の子が良い……ばりばり仕事モードならともかく、今日はお気楽視察モードで異世界を見物したいのだ。


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