第62話 パワーハラスメント……なのか?



「まず、旧ヨーンツ領に隣接している領地から説明致します。東のハーレクック領、北のクルーセル領、南のハレル領、そして西のアッセン領。アッセン領については既にグスコ殿がエインヘリアの傘下にいる為、省略いたします」


 立ち上がったエルトリーゼが資料を片手に説明を始める。


 若干緊張しているのか、以前見た時よりも表情が硬い気はするが、その言葉に淀みは無い。


「まず、北のクルーセル領。こちらは旧貴族に属する子爵の治める土地ですが、先の戦争の折、敗残兵が撤退したのはこちらの領地になります。そのことで一番早く国軍の敗走を知ったのですが、領境の防備を固めることはありませんでした」


 ふむ……旧貴族は、自分の領地を守るためなら本気を出すってイメージだったけど……備えをしていないっていうのはどういう事だろうか?


 防備を固めたところで無駄だと思ったからか?少なくとも自分の領のすぐ近くで起こった戦を偵察していない訳ないだろうし……アレを見ていたのなら、反抗した所で無駄なのは考えるまでもない事だろう。


「クルーセル領については、既に書簡を送り、カルモス殿が使者としてクルーセル領側の街で領主と会うことを約束しております。日程は五日後となっており、護衛にはジョウセン様がつきます。領地の規模は旧ヨーンツ領より少々小さいですが、王都に近く人口は比較的多いようです」


 なるほど……書簡でのやり取りをしていて、話が進んでいるという事か。


 それに、狭くて人口が多いというのはありがたいな……広くて人が少ないっていうのが一番困る……人がいない場所だと魔力収集装置も稼働しないらしいし……最低何人居れば稼働するのか、オトノハに今度聞いておく必要があるな。


「クルーセルの領主トルス=エララス=クルーセルは、戦争前より旧ヨーンツ領の情報をある程度集めていたそうです。エインヘリアが民を無下に扱っていないことを知っていたようで、書簡での感触は悪くありません」


 うちの傘下でも、自領の民の安寧が保たれるなら問題ないって感じか……でも民はともかく、領主辺りは今までと待遇がガラッと変わったりすると思うが……その辺は問題ないのだろうか?


 カルモスやグスコは、その辺全然気にしていないようだけど……他の旧貴族も似た様なものなのか?いや、一概には言えないのだろうけど……まぁ、調略関係は俺は口出しするつもりは無いしその辺りはいいか。


 多分キリク達が、いい感じにしてくれるだろう……。


「そしてこれは南に位置するハレル領のシクル=モラス=ハレルも同様の様です。ただこちらはクルーセルの領主程こちらの情報は集めていないようで、会談の出来る段階まではまだ進んでおりません」


 南は、感触は悪くないけど進展は無しか……個人的には南は非常に気になるんだよな……以前バンガゴンガが南の方にハーピーの集落があるらしいって言ってたからな。


 どのくらい南なのか分からないけど……ゴブリン達みたいに効率五倍なら、是非とも仲良くして頂きたいと思う。


 まぁ、流石に人口的に人族の街の方が収入はいいんだけどさ……ゴブリンの百万都市とかあったら最高だよな……それで一気にごせんまん……。


 百万も居たら隠れ里じゃねぇな……政令指定都市だな。あれ?今は百万じゃなくてもいいんだっけ?ってどうでもいいわ。


「ハレル領は伯爵家の治める土地で、旧ヨーンツ領と旧アッセン領の二つを合わせてもまだハレル領の規模には届きません。」


「人口がどのくらいなのかは分かるか?」


「申し訳ありません、そこまで調べてはいませんでした。ですが、領都を含め大都市が二カ所、こちらはいずれも旧ヨーンツ領の領都以上の規模です。他に主要な街が三カ所、こちらは旧ヨーンツ領の領都より多少規模は劣りますが、それでも大都市と呼べる規模の物です」


 確か、旧ヨーンツ領の領都は三万はいかないって程度の人口だったはずだから……ハレル領って所は十五万以上人口がいるかもしれないのか?


 ただその分広いと……嬉しいような大変な様なって感じだな……でも大きな都市だけでそれだけ人口が確保できるって言うのは助かるな……是非とも傘下に収めたい。早急に!


 なんせ、メイドの子達にアビリティを覚えさせるのに更に五百万だ……魔石の残りは四千五百万……どこぞの覇王のせいで半分を切ってしまったのだ……!


 どこぞの覇王のせいでぇぇぇぇ!!


 ……ふぅ、取り乱してしまったようだ。胃と心臓がとても痛いが冷静にならねば。キリクにも言ったが最優先は防備だ、魔石の回収はその次に考えれば良い。良いのだ……。


 ……とにもかくにも魔石が欲しぃ!


 そんな様子はおくびにも出さず、俺は堂々とした様子でエルトリーゼの話を聞き続ける。


「ハレル領にも、旧ヨーンツ領の噂と此度の戦の件は流布させているので、恐らく近いうちに動きがあるはずです。最後に、東のハーレクック領ですが……こちらは徹底抗戦の構えを取っています。現在ルモリアの王は空位なので、正式に認可を得ているわけではないのですが、前ハーレクック伯爵の長男が、爵位の継承と当主の座に着いたことを宣言しました」


 自分の実家の事を物凄くドライに語るよな……隣に座っているハリア君の方は複雑な表情だけど。


「その長男はどのような人物なのだ?」


 キリクの問いにエルトリーゼが即座に答える。


「あまり優秀とは言い難いです。ルモリア王国では長子相続が基本なので、それなりに教育は受けていますが、自尊心が強く他人を見下していて、人を上手く使うことが出来ません。前伯爵も他を見下す傾向はありましたが、その上で相手を上手く動かす術を兼ね備えていました。ですが彼は、父親のそういった狡猾さを学べなかったようです」


 ……ドライを通り過ぎて辛辣になって来たな。


「一万五千の国軍が敗れたにも拘らず、ハーレクック領の領兵だけで勝てると思っているのか、他の領に使者を送っている様子はありません。ハーレクック領の兵は、すべて集めれば五千程ですが、実際に動かすことの出来る兵は三千が限界です」


「ハーレクック領は調略ではなく武力制圧になりそうだな」


「戦を知らぬ軍ですし、戦闘と呼べるほどの物になるか疑問ではありますが、キリク様のおっしゃる通り、ハーレクック領に関してはその方が良いかと存じます」


 エルトリーゼは最初からそうだけど……ほんと弟君以外の家族に情を感じないな。


 まぁ、それはさておき……二カ所は調略、一か所は武力制圧か。


 まぁ、二つの方法を行えるのは悪くない。


 他の貴族達からすれば、武力はとんでもないが交渉には応じる相手、と言った印象を与えることが出来るしね。


 武力を背景に交渉をして、その上で民を蔑ろにしない仁政を見せることが出来れば、なお効果的と言った感じだろう。


「近隣については以上となりますが……調略を進める上で二点、大きな問題がございます」


 問題……一つはドラゴンの事だろうけど、もう一つはなんだ?


 俺の知らない面倒事が浮上しているのか?


「このエインヘリア城のある土地を発端とするグラウンドドラゴンの問題と、エインヘリアに民として受け入れられているゴブリンの存在です」


 あ、あー、はいはい。ゴブリンね、ゴブリン。勿論覚えていたとも。


 うちでは普通に働いているから忘れてたけど、他の国では見つけたら即刻軍が派遣されるのだから、大問題だ……。


「どちらもルモリア王国のみならず、近隣諸国も忌避する内容ではあります。直接的な危険度が高いのはグラウンドドラゴンですが、ゴブリンは……バンガゴンガ殿には申し訳ありませんが、こちらは人族国家における思想の問題です」


 思想……過去の恐怖から、ゴブリンは危険、ゴブリンは人族の敵……そんな考えを長年植え付けて、近隣諸国全体の敵を作っている訳で……当然ゴブリンを保護しようとすれば、大義名分を得た諸国が攻め入って来るという訳だ。


 直接的な危険としてはグラウンドドラゴンの方が上だが、ドラゴンは見つけ次第倒してしまえばいい……勝てる……筈。


 しかし、ゴブリンの方はそうはいかない。


 ゴブリン憎しって国はおそらくないと思うけど、個人であればゴブリンを憎んでいる人族はそれなりにいるだろう。


 ゴブリンを討伐すると言っても、彼等だって無抵抗でやられるわけではない。


 当然討伐する側にも被害は出ている筈だし、ゴブリンからすれば理不尽な話だろうけど、被害にあった肉親はゴブリンの事を憎んでいるに違いない。


 そういった負の連鎖を周辺国は率先して作っている訳だから、突然それを止めましょうと言ったところで止められるわけがない。


「彼等がこの国で民と認められている事は素晴らしい事だと存じますが、近隣諸国にとっては良い攻撃材料となるだけです。これは、調略を進める上でけして無視できない問題です。予め伝えておかねば後々問題になりますし、伝えれば傘下に加わると頷く事は無いかと存じます」


「人族とゴブリンの間に深い溝があることは重々承知している。今更何を言われたところで、気にしたりはしないが……俺達は陛下に一度と言わず救われた身。陛下の道の邪魔になるというのであれば、ここより消えることは厭わない」


 エルトリーゼの言葉を受け、バンガゴンガが座ったままそう宣言する。


 その声音は、怒りや失望と言った色はなく……ただ自分達はそうすると淡々と口にしただけであったが、その覚悟はこの場にいる全ての者に伝わった。


 でも、それは俺が許さんよ?


「バンガゴンガ。もしお前達がこのエインヘリアを去るというのであれば、必ず俺に許可を取れ。勝手にいなくなることは許さん。お前達を必要ないと思った時は、俺自らそう言い渡してやる」


 必要無くなる事は無いけどね!?


 寧ろゴブリン達をもっと増やしたいわけで……いなくなられたら困るんだよ!


「承知いたしました。その時は必ず」


 バンガゴンガは座ったまま深く頭を下げる。


「丁度良いタイミングだから俺から一つ今後の方針を伝える。現在、外交官を使い多くの情報を集めているが、ゴブリン達の情報も集めることにする。百年単位で人族から隠れて暮らしているのだ、そろそろ日の当たる世界で暮らしてもいい頃だろう。バンガゴンガ、今日お前をここに呼んだのは以前話していた妖精族との対話の件、それを進めようと思ったからだ」


 俺の言葉にうちの子達は黙って頷き、カルモスとグスコは苦笑しながら頷いている。


 エルトリーゼとハリアは驚いたように目を丸くしたが、全員が頷いているのを見て慌てて頭を下げた。


「エルトリーゼ。お前の懸念は分かる。だがな……それがどうした?我等は確かに基本的に対話によって傘下に加わるように事を進めているが、首を縦に振らないのであれば頭を掴んで頷かせれば良いだけだ。近隣諸国が何だというのだ?敵に回るというのであれば話は早い、くだらない思想ごと、敵国を踏み潰してしまえばよい」


「……」


 エルトリーゼは、リーンフェリア達に威圧された時並みに表情を硬くしながら俺の方を見る。


 ルモリア王国の周辺は、ルモリア王国と同じくらいの規模の国しか存在していない。


 つまり、周辺国がこちらを攻めて来るにしても、一国辺り十万にも満たない軍しか派遣出来ないということだ。


 その程度の規模の軍が四方八方から攻め寄せて来たとしても、余裕で跳ね返せるし、逆にそのまま敵国に攻め入ることも可能だ。


 勿論、魔力収集装置の設置が間に合えばの話ではあるが……最悪、多少領土に踏み込まれたとしても押し返せばいいだけだしね。うちの軍の行軍速度は歩兵とは思えない速度だし、多少出発地が遠くても何とでもなる。


 一日に三十キロではない。一時間に三十キロで行軍しても鼻歌交じりと言った程度だ。本気になればもっと早く移動出来る。しかも休憩なしでだ。


 東京から大阪まで鼻歌交じりに行軍しても、一日と掛らず着く歩兵だ。いや、召喚兵は鼻歌歌わないけどね?


「話を中断させてしまったな。エルトリーゼ、続けろ」


 俺がそう言うと、びくりと肩を震わせたエルトリーゼが怯えたようにしながら口を開く。


 ……俺そこまで怖がらせてしまったかしら……?


「え、えっと……す、すみません、続けます。ドラゴンの件ですが……」


 先程までよりも、遥かに肩に力を入れたエルトリーゼが話を続ける。


 怯えさせるつもりは無かったんだが……申し訳ない事をしてしまった……これはもしや、パワハラ……?


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