閑章

第59話 バンガゴンガの日記



〇月〇日 晴れ


 今日は村の近くに人族の冒険者が現れたと報告があった。


 見張りの者が弓を射かけ脅したらしいが、この集落の事が人族にバレてしまったのは確実だ。


 出来ればそっとしておいて欲しいと思うが、難しいだろう。


 最悪この村を捨てて逃げなくてはならない。しかし、逃げたところで逃げ切れるものだろうか?






〇月〇日 雨


 最近狂化した魔物に村が襲われる回数が多い気がする。


 今の所大きな被害は出ていないが、アレが群れを成して襲い掛かってきたら、俺はともかく他の者達は危険だろう。


 森で採取をする者達の護衛を増やす必要がある。






〇月〇日 晴れ


 今日は書くことが多い。


 まず、村に人族の集団がやってきた。


 一人一人がとんでもない手練れで、戦いになれば我等の敗北は間違いないだろう。


 彼らは、森の外にある人族の村から、我々を処理する依頼を受けてここにやってきたという。


 リーダーはフェルズと名乗り、我々ゴブリン相手に、何の害意も見せずに話しかけて来る。


 恐らく相当な変わり者なのだろう。


 フェルズの話では既に国が動いているとのことで、遠からず村に軍が差し向けられるだろうとのことだった。


 フェルズ達個人ならともかく、人族の国は絶対にゴブリンを見逃したりはしない。


 もはや俺達には、村を放棄する以外の選択肢は無かったのだが、フェルズはそんな俺達を自分達の拠点で受け入れると言った。


 俄かには信じがたい話ではあるが、俺自身はフェルズの目を見て直接話をして、信じてもいいと思った。


 フェルズには一日時間を貰い、村の者達で話し合うことになった。


 話し合いは紛糾したが、最終的に皆が俺の目を信じてくれた。


 何より大きかったのは、村に狂化した魔物が群れで襲い掛かってきた時に、フェルズ達が何の縁もない我等を助けてくれたことだろう。


 勿論、その時に見た、フェルズ達の凄まじい強さに恐れをなしたという部分もあるだろうが。


 とりあえず、俺達はフェルズを頼ることにした。


 この決断が、間違いでなかったと言える日が来ることを願う。


 最後に、今日ナナルジが狂化した。






〇月〇日 晴れ


 明日、俺達はこの村を捨てる。


 長年暮らしてきた村だ。


 皆も辛くない訳がない。


 それにこれからの事も不安だろう。


 俺は長として、彼らの不安を払拭してやりたいと思うのだが……フェルズの事は信用出来るが、それでも人族に俺達が本当に受け入れられるのかと考えてしまう。


 だが、俺達に選択肢は無い。覚悟を決めるしかないのだ。


 それと、村に残っていたフェルズの部下から、フェルズが人族の王であることを聞かされた。


 次にフェルズに会った時は、態度に気を付ける必要がある。






〇月〇日 晴れ


 俺は今日という日を生涯忘れる事は無いだろう。


 いや、昨夜になるのか……?


 昨夜、俺は狂化した。


 俺達の村から、フェルズ達の拠点に向かう途中の出来事だった。


 突如、全身が押しつぶされるような、それでいて引き裂かれるような、形容しがたい状態に陥った俺は、体の内側から沸き起こる衝動に、これが狂化するということなのだと一瞬で理解した。


 散々狂化した者の首を刎ねていたのだ、次は俺の番……そう考え覚悟を決めたのだが……俺は今、こうして筆を手にすることが出来ている。


 フェルズが、狂化を静めてくれたのだ。


 矜持の為だと、理性あるうちに逝かせてやるのがその者の為だと言い聞かせ、狂化した者を殺すしかなかった俺達に、フェルズは救いをくれた。


 そして、狂化から俺を救ってくれただけではない。


 俺が狂化に呑まれたあの時、フェルズの見せた姿に俺は安心した。


 フェルズであれば、村の者達を任せられる。けしてあいつらを無下にはしない……本気で俺を案じてくれていたフェルズであれば、村の者達の未来は明るい物にきっとなると。


 だが、フェルズが俺達に齎してくれたのはそれ以上の物だった……もはや今後、フェルズの庇護下にいる限り、いつ訪れるとも分らない狂化という理不尽に怯えることはないのだ。


 どれだけ感謝しても感謝しきれない。


 それは俺だけではない筈だ。


 優しく、強き王フェルズ。心の底から忠誠を捧げたいと思う。


 しかし、そんな救世主たるフェルズに、気軽な口調で話してくれと言われたのは……正直かなり心苦しい。


 だが、ほかならぬフェルズの頼みだ、全力で応えようと思う。






〇月〇日 曇り


 村の者達も城下の暮らしに大分慣れて来たようだ。


 俺達は現在、フェルズの部下の指導の下、城下町の建設に励んでいる。


 既に加工の終わっている建築素材を使うので、素人ながら中々良い物が出来ていると思う。


 特に村で建設に携わっていた者は、フェルズの部下の技術の高さに舌を巻き、その技術をなんとか会得しようと必死にくらいついていっているようだ。


 最初は、今住んでいる家がただの仮建設の物だと聞かされて驚いたのだが、落ち着いて考えてみれば、エインヘリア城はあれだけ美しい城なのだ。その城下町も、相応に相応しい物であるべきだろう。


 今はまだ外から人がやってくることは無いが……いずれ多くの者が訪れる事だろう。


 その時、城に負けない立派な城下町だと思われるように、気合を入れて建設に励もうと思う。






〇月〇日 晴れ


 今日は戦らしい。


 戦場では千人以上がぶつかり合うと聞いた。


 いくらフェルズ達個人が強くとも、戦場では何が起こるか分からない。


 俺も従軍したかったが、ゴブリンである俺では、邪魔にしかならないと思い諦めた。


 フェルズ達であれば勝利は間違いないだろうが、無事帰ってくることを祈る。






〇月〇日 曇り


 怪我どころか、汚れの一つもつけずにフェルズ達が帰ってきた。


 敵軍はほぼ全て捕虜にしたらしい。


 ちょっと意味が分からない。






〇月〇日 雨


 フェルズから植物の種を渡された。


 試しに畑を作って育てて欲しいとのことだったので、村で小さな畑を管理していた者に任せることにした。


 冗談なのか、一月後には収穫できるとフェルズは言っていたので、それをそのまま種を渡した者に伝えたら、ふざけるなと怒鳴られた。






〇月〇日 曇り


 フェルズ達から分けて貰える食材は、種類も豊富でとんでもなく美味いのだが、城で出されている料理はレベルが違った。


 見た事のある食材で、見た事もない料理が出て来る様は、城の中と外は、実は別の世界なのではないかと思う程であった。


 しかし、フェルズはそんな料理を俺達に教えてくれるという。


 恐らく、今日食べた物以外にも美味しい料理が沢山あるのだろう。非常に楽しみだ。


 それと、フェルズから他の妖精族や、隠れ住んでいるゴブリンとの橋渡しを頼まれた。


 俺がどの程度役に立てるかは分からないが、全力で当たらせて貰おうと思う。フェルズには少しでも恩を返したい。


 最後に一つ……羊が生る種を渡された。


 とりあえず、先日農業を任せたものに渡し、羊が生えるらしいと伝えたら、可哀想な物を見る目で見られた。






〇月〇日 晴れ


 最初に種を渡されて今日で丁度一ヵ月。


 立派な野菜が収穫出来た。


 立派な果物も収穫出来た。


 何故一ヵ月で立派な木が育ったのだろうか?


 意味が分からない。


 フェルズが言うにはこれで毎月収穫できるらしい。俺達が食料に困ることは無くなるのかもしれない。


 とりあえず、農業を任せたものに謝られた。






〇月〇日 雷雨


 羊が生った。






〇月〇日 晴れ


 前回とは比べ物にならない規模の戦争が起こると聞いた。


 今回、敵軍は万にも上るという。


 しかし、フェルズの様子はいつもと変わらない。


 いや、寧ろ前回の戦争の時より気楽な様子だ。


 その姿を見ていると、こちらも大したことではないのかと思ってしまうが、万の兵士がぶつかる戦場に行くのが大したことない筈がない。


 フェルズは王として、部下の命を背負っている……ただの民である俺には計り知れないプレッシャーがあるに違いない。


 恐らくそれを気取られまいと、普段以上に普段通りの姿を見せているのだろう。


 無理な願いかも知れない。


 だが、願わくば、あの優しき王の心が潰れてしまわぬよう……だれも死なずに帰って来てほしい。






〇月〇日 曇り


 誰一人かけることなく帰ってきた。


 心の底から安堵したが……少々理不尽な物を感じなくもない。


 話では、敵軍は壊滅との事。






〇月〇日 晴れ


 今日は何もない素晴らしい一日だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る