第57話 ルバラス家の姉弟



「エルトリーゼ=ルバラスと申します。此度は拝謁の栄誉を賜った事、心より感謝いたします」


「……ハリア=ルバラスと申します」


 アランドールが連れてきた二人が、俺の前で跪く。


 姉弟か……確か弟が総大将で、姉が軍監だったかな?でも、今の挨拶もそうだったけど、姉の方が主導権を持っている感じだな。


「俺がエインヘリアの王、フェルズだ。堅苦しいのは好まぬ故、楽に話せ」


「承知いたしました、陛下」


「さて、お前達は一戦も交えることなく降伏したそうだな?理由を聞かせて貰おうか」


「はっ!私達は父、サルナレ=ルバラス=ハーレクックの命により、兵三千を率い、エインヘリア軍とルモリア国軍が決戦を行っている地を目指しておりました。エインヘリア軍の側面を突く為の援軍でしたが、私は最初からエインヘリア軍と事を構えるつもりはなく、兵を率いて来たのは、そうすれば必ず発見されるからに過ぎません」


 俺の問いに、スラスラと答えてみせる姉の方は、緊張している様には見えないが……弟の方は物凄く緊張しているように見える……というか顔色真っ青だし、今にも倒れるか吐くかしそうだな。


「ほぅ。つまり、俺と話す為だけに兵三千を動かしてきたという訳か。総大将は弟の方と聞いていたが……」


 俺が二人から少し離れた位置に立っているアランドールに視線を向けると、肯定するようにアランドールが頷く。


「軍においてはそうですね。弟はまだ若いですが才はあります。今後の為にも、早い内に経験を積ませたいと父は考えたのでしょう」


「それでお前は軍監だったか?俺の認識では軍監とは、軍全体のお目付け役か総大将の補佐と言った役どころだが」


「その認識で間違っていません。私は野盗や魔物討伐で軍を率いた経験が何度かあったので、軍監として参加しました」


「野盗や魔物を相手にした程度でお目付け役を任されたのか?」


「ハーレクック領の兵は殆ど戦の経験がありませんし、指揮官となれるものも存在しないのです」


 姉……えっと、エルトリーゼか……今にも倒れそうな弟とは違い、随分と落ち着いた様子で受け答えをするな。


「ハーレクック領か。そういえば、お前達の父は此度の戦に参加していたようだな」


「……父はどうなりましたか?」


「戦死だ」


「っ!?」


 俺の言葉に、話をしていたエルトリーゼではなく、弟の方が反応する……弟君の方は……名前何だったか……。


 しかし、驚いてはいるようだけど、こちらに怒りや憎しみは向けてこないな。


 エルトリーゼは……俺が答える前に、父親がどうなったか分かっていたんじゃないだろうか?


 普通家族のことが気になるなら、無事かどうかを聞くと思うけど……彼女の質問はそうではなかった。既に最期を迎えた事を確信しているような、そんな質問の仕方だったように思う。


「そうですか、エインヘリア軍とぶつかればそうなるとは思っていましたが……」


「お前は我が軍の事を知っているのか?」


「全容を知っているわけではありません。ただ、ルモリア王国の人間の中では、一番エインヘリアという国の恐ろしさを知っているつもりです」


「ほぅ?ならば、何故父を止めなかった?戦場に出れば命を落とすと確信していたのだろう?」


 俺の問いに、エルトリーゼはちらりと俺の斜め後ろに立っているリーンフェリアに視線を向けた後、苦笑しながら口を開く。


「エインヘリアではそうではないようですが、ルモリア王国において、女性は力を有していないのです。私は幼少の頃より変わり者と言われながら、普通の貴族令嬢とは少し違った方向で自分を磨き続けました。その結果、女ながら父や兄達に意見することもありましたが……それでもやはり、当主である父の決めた事を覆す程の事は出来ません」


 そう言って微笑むエルトリーゼ。しかし、気のせいかもしれないけど、その笑みは何処か黒い物を感じる気がする。


 これって、もしかして……。


「ならば問いを変えよう。エルトリーゼ、お前は父に戦場に行かぬように進言したのか?」


 そう問いかけると、エルトリーゼは一瞬驚いたような表情を見せた後、先程よりも笑みを深くする。


「……いえ、進言しておりません。此度の戦……いえ、エインヘリアという国について、私は一切、父とは話をしませんでした」


「何故だ?お前は我が国の情報を、危険度を、周りの誰よりも知っていたのだろう?親が大切であるなら、止めるべきだったのではないか?」


「此度の戦には、ルモリア王国の王が出陣すると聞いておりました。父は王の側近として、王の傍を離れることが出来ません。娘である私が何を言っても、父を止めるのは不可能でした」


「止めることは能わずとも、危険度を伝えることくらいは出来た筈だが?敵軍の様子を見る限り、ルモリア王国は間違いなく我等を侮っていた。あんな状態では、まともな戦になるはずも無かろう」


「国境付近を治める貴族達と違い、新興貴族たちは戦という物を知りません。情報の大切さを知らぬ彼らは、自分達の耳に入った情報を、自分達の都合の良いように曲解するのです。国内の話であれば、多少曲解した所で自分達の権力を使い、どうにでも出来てしまいます。自分達の力を誤解し、情報の正しい扱い方を知らぬ者達は、自分達にとって不利な情報が最初から聞こえないのです」


 嘲りを含めた声音でエルトリーゼは話す……なんというか、随分鬱憤が溜まっていたのだろうか?


「そして、残念ながら我が父も同じで……私は、そんな上層部が支配するルモリア王国に、先は無いと考えておりました。故に得た情報は国の為ではなく、自分の為に使うと決心したのです」


 そう言って、真っ直ぐ俺の事を見つめるエルトリーゼ。


 それはいいけど、後ろの弟君……めっちゃ驚いた表情で君の事見てるよ?


 何も説明せずに連れて来ちゃったのか……?


「その結果、王やお前の父が死んでいるようだが?」


「私はルバラス家の人間ではありますが、ルモリア王の臣下という訳ではなく、忠誠はありません。まぁ、忠誠に関しては、父はおろか、新旧問わず貴族の大半は同じだと思います。それと父に関して言えば、親子の情等はありません。父にとって私達が道具であるように、私にとってはルバラス家の当主でしかなく、他に思う所はありません」


 割り切り過ぎだろ……正直怖いわ。


 まぁ……少なくとも、今回の戦で参戦して来た貴族達よりは優秀なんだろうけど……でも怖い。


「国と父を捨て、我等に投降してお前は何を求める?」


「私は大それた望みは抱きません。ただ、私達姉弟が健やかに暮らすこと、それだけです」


 そう口にしながら、綺麗な笑みを見せるエルトリーゼだけど……自分と弟君の為なら、他の何を切り捨てても構わないってことだよな?


 コイツ、相当な危険因子なんだけど……でも、エルトリーゼの情報収集能力は欲しいな。


 ヨーンツ領で俺達がやってきたことを調べるのは、さほど難しくなかっただろうけど、どの程度の精度と速度で情報を得ていたのか、情報網は構築されているのか……人手不足の今、その辺は非常に気になるし欲しい部分だ。


 とは言え……。


「俺と話をする為だけに兵三千を動かし、国や父を見捨て、望んでいるのは自分達の幸せだけか。大胆な事だが……エインヘリアを都合の良い宿り木程度に考えているようだな?」


 俺がそう言った次の瞬間、部屋全体がぎしりと音を立てて歪んだような錯覚を覚える。


 リーンフェリアとアランドールが思いっきり威圧しているのだろうけど、正直俺も下っ腹辺りがキュッとなった。


 でも多分……標的とされている二人は、下っ腹がどうこうといったレベルでは無いだろう。


 最初から吐きそうなくらい緊張していた弟君は、もはや死相が見えるレベルで顔を真っ白にしているし、エルトリーゼも先程までの余裕は消え去り、強張った表情で汗を流している。


 あまり続けさせると、弟君だけじゃなくエルトリーゼも倒れそうだな……話はまだ終わっていないし二人を止めるか。


「お、恐れながら!」


 そう思い口を開こうとしたのだが、それよりも一瞬早く、弟君が声を上げた。


「恐れながら申し上げます!け、けして我等は貴国を軽んじてはおりません!」


 口の端に血を滲ませながら弟君が必死な様子で言う。これはアレか?恐怖に打ち勝つ為に、唇を自分で嚙み切った的な……?


 姉を守ろうと、必死に声を上げたって感じか……中々姉想いな弟君のようだ。


 とりあえず話を聞いてあげるか。


 俺が片手を上げると、意図を汲んだリーンフェリア達が二人に、圧を掛けるのを止める。


 これで弟君も話しやすくなっただろう。


「ほう?」


「……」


「……」


「……」


 え?それだけ?


 続きがあるのかと思って黙っていたら、弟君も黙り込んじゃったんだけど?


 なんか、えらい気まずいんだが……。でも、ここは俺が動くしかないよな。


「くくっ、中々良い男ではないか。ハリアと言ったか?」


「はっ!」


「ここに来るまで、エルトリーゼから何の話も聞いていなかったのか?」


「は、はい。投降する直前、姉は自分に任せて欲しいと言い、私は姉を信じると答えました」


「それだけでここまで来てしまったのか?くくっ、エルトリーゼ。お前の弟は随分とお人好しのようだな」


 俺が軽い様子で感じに話しかけると、強張ったままではあるがエルトリーゼが口を開く。


「姉としては嬉しくありますが、心配でもあります」


「俺は嫌いではないぞ?あの状況で姉を庇い、声を上げられるだけの強さも持ち合わせているようだしな」


 弟を褒める俺の言葉で、強張っていたエルトリーゼの表情が和らぐ。


「いいだろう。ハリア、そしてエルトリーゼ。お前達の価値を俺に示してみろ。我がエインヘリアはルモリア王国を併呑する。武力で従わせても良いが、ここからは出来る限り調略で事を進める。お前達もそれに参加しろ。特にエルトリーゼ、お前は情報の大切さを良く知っているということだからな、上手くルモリアの貴族共を転がしてみせろ」


「はっ!」


「功績次第で街を任せてもいいし、他に希望があるならそれを聞いてやろう。エインヘリアは性別や種族で差別したりはしない。能力のある者、やる気のある者なら、どんな者にも機会を与える。励め」


「「はっ!」」


 二人が跪く。


 調略の人手も足りないことだし、頑張ってくれるとありがたいね。裏切るようならスパッと行かせてもらうけど……ハリアはともかくエルトリーゼの方は信頼は出来そうにない。


 まぁ、それはそうと……ハリアは、何も聞かされずに国やら家やらを裏切ることになったみたいだけど……それでいいのかしら?


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