第56話 覇王の所感
「終わったか……」
「はい。予定通り敵軍の大半は殲滅。更に敵軍の敗北を知らせる為、後方に残っていた二千程は逃がしました。敵国内での戦闘ですし、すぐに話は広がっていくかと」
俺は『鷹の目』の効果を切って隣に控えているキリクへと顔を向ける。
ここは、戦場の遥か後方に位置する我が軍の本陣。戦場とは思えない程辺りは静かだが、流石に戦闘中は遠くの方で爆発音や掛け声みたいなものが聞こえて来ていた。
まぁ、『鷹の目』で直接……と言っていいか分からないけど、しっかりと戦場を見ていたので、本陣でふんぞり返りながらも状況把握はばっちりだ。
本来この戦争は俺が指揮を執るはずだったのだが……開戦前に起こったアクシデントによってリーンフェリアが先陣の指揮を執る事となった。
アクシデント……と言っていいのか分からないけど、敵軍の総大将が、開戦前にいきなりお亡くなりになったのだ。
しかもただの総大将ではない、なんとルモリア王国のトップである王様が、有無も言わさず真っ二つである。
これには覇王もびっくり。
あの瞬間、叫び声を飲み込んだ覇王の根性は賞賛に値すると思う。
いや、敵の王様がいきなり最前線に出て来ることもびっくりだけど、それを真っ二つにしちゃうリーンフェリアさんにもびっくりですよ。
リーンフェリアや他の者たちの話を聞いた限りでは、随分とふざけた事を相手の王が言っていたらしいけど……『鷹の目』や『鷹の耳』だと敵の声が聞こえないのは残念な所だ……いや、贅沢が過ぎるか。
まぁ、そのふざけた台詞のせいで、リーンフェリアさんが怒り心頭と言った御様子で、先陣の指揮権を任せて欲しいと進言して来たのだ。
折角、戦場も色々と仕掛けがいのある場所を選び、揃えた兵数も敵と同じ……色々な動きが出来る様に、将の数も少し多めに連れて来ていた。
俺のプランとしては、森での攻防が一つ、西の橋での攻防が一つ、そして川を挟んでの攻防が一つ。そんな風に色々と展開を考えていたのだけど……リーンフェリアに先陣の指揮を譲った時点で色々試すのは諦めた。
とりあえず、森から敵軍が侵攻してこない様に、ウルルと他数人を森に斥候として放ち調べるように命じるくらいはやった。敵側もこちらが森を使い奇襲を仕掛けることを警戒していた様で、森に多くの斥候を放っており、ウルル達は敵軍近くの森で十七人の敵斥候を捕縛。
その成果には十分満足できたけど……外交官の育成は絶対に必要だな。うちの子達は、質は高いけど量がなぁ……。
今後、ルモリア王国全土を手に入れたとして、次は他国から間諜がどんどん潜り込んで来るだろう。
エインヘリア城であれば、防諜は問題ないが……国土全てを守るには、人数が足りないどころではないだろう。
外交官は全部で五人しかいないしな。
それに開発部も増やさないと……魔力収集装置の設置が間に合わない。
だが……外交官も開発部も人員を増やすには、新規キャラの作成とキャラの強化が必須なのだが……最近は試してないけど、強化は出来なかったからなぁ。
いや、考え方を変えるべきか?強化によってメイド達を外交官や開発部に所属させられれば最高ではあるが、強化の手段がない以上方法は二つ。能力値やアビリティを無視して配置するか、現地の人を鍛えるか……。
忠誠という意味で、うちの子達は他の誰よりも信頼できる。全く鍛えていない状態であってもかなり強いみたいだし、外交官も開発部の作業も可能かもしれない。
逆にこの世界の人間は、忠誠という意味ではうちの子達程の信用はおけないものの、教え込むことで技術を学ぶことが出来る。
いや、うちの子達も、勉強すれば技術を得る事が出来るかもしれないけど……メイドの子に、開発部の仕事が出来ないか試してもらうか?
専門的な仕事だから難しいかもしれないけど……危険の多い外交官よりはマシだろう。
魔石による強化には劣るけど、訓練所である程度能力値の強化は出来る……最大値までは強化できないし、増える数値も微々たるものだけど……訓練を設定して放置しておくだけでいいので、お手軽ではある。
とりあえず、人材補充に関してはまた考えるとしよう、ウルルやオトノハの意見も聞きたいしな。
「それにしても、リーンフェリアの戦い方は、敵の恐怖を煽るな」
「実に効果的な戦い方だったかと。逃げた兵達は、我が軍の恐ろしさを広く喧伝してくれるでしょう。そして、彼らは完全に心を折られているので、我等に逆らう愚を犯すこともないと思われます」
「そうだな。リーンフェリアはいい仕事をしてくれた」
これ以上無いくらいの力押しではあったが、その分非常に分かりやすく敵には恐怖を刻み付けた事だろう。
逆の立場だったら……うん、泣いてただろうな。
それに引き換え、敵軍の将は中々勇敢だった。
リーンフェリア考案の、鍛え上げた肉体でブルドーザー作戦に対し、敵本陣が取った作戦は中央突破だ。
しかも、リーンフェリア達の位置からは見えない本陣で、鋒矢の陣を組み立てての突撃だ。
鋒矢の陣とは、軍を矢印の形に布陣して、一点突破を仕掛ける陣の事だ。確か関ケ原で、島津さんちがこの陣を使って敵中突破に成功したとかなんとか……だった気がする。
戦国バーサーカーはさておき……恐らく、リーンフェリアのブルドーザー陣が、横に広く縦に薄い陣形だと見て、敵は中央突破を試みたのだろう。
軍の崩壊っぷりから見て、リーンフェリア達を突破した後、西に逃げようとしたんじゃないかな?まさかそのまま俺達本陣に襲い掛かってきたりはしなかっただろう。
先陣よりも残した軍の方が倍以上多かったしね。
まさか、島津さんちみたいに俺達を掠める様にして南に逃げるとは思えないし……南に行っても全力でヨーンツ領の真っ只中だしな。
先陣を突破するという、相手の狙いは良かったと思う。こちらは先陣以外動かしていなかったし、もしかしたら騎馬が居ないことも、物見櫓から見えていたかもしれない。西にこちらが兵を配置していないことは、何度も確認していたみたいだし……あの状況でそう考え、実行に移したのは称賛に値する。
いや、上から目線で言ったけど、俺だったらそんな判断を咄嗟に出来ないだろう。
ただ惜しむらくは……リーンフェリアさんが、まじブルドーザーだったことだ。
リーンフェリアに向かって突撃をした敵先陣の騎兵達は……それはもうばっさりと馬ごと真っ二つ。
後に続いて突撃してきた人たちも馬ごと真っ二つ。
前衛が一瞬で真っ二つにされたことに顔を引き攣らせた人達も真っ二つ。
異常事態に気付き、慌てて止まろうとした人達も真っ二つ。
化け物を躱そうと、必死で馬首を返し突撃方向を変えようとした人も真っ二つ。
とにかく真っ二つである。
しかもその間ブルドーザー陣は足を止めずに前進を続けているのである。
大量ゾンビモノの海外ドラマでも、もう少し優しい行進をしてくれそうなものだと思った。
「今回捕虜にした貴族は居たか?」
ブルドーザー陣の事を頭の隅に追いやり、キリクに尋ねる。
「いえ、今の所はおりません。基本的に今回は、捕虜を取らずに動ける者は逃がしております。これから戦場を検め、負傷で動けなくなっている者がいれば捕虜とします」
「生き残った者はしっかりと治療してやれ」
「はっ!それと、捕虜ではありませんが、サリアが投降させた貴族が一人おります」
「あぁ、西にある橋の所で話をしたら、投降して来たと言っていたな。サリアは、意外と交渉が得意なのか?」
子犬感のある、元気な槍聖の事を思い出しながら尋ねると、キリクは表情を変えずにかぶりを振る。
「いえ……そういう訳ではないと思います。どちらかというと、相手が理性的な判断を下したという感じかと」
「ふむ……後でその者とは話をしたい。後は、アランドールの方だな」
俺は『鷹の目』を起動して、ここより遥か東の方に出陣している、アランドールの方へと視点を切り替える。
上から見る限り、ゆっくりとこちらに向かって行軍しているように見える。もう暫く進めば最寄りの街に到着するので、そこから領都まで転移してくることだろう。
「アランドールの方で何かあったのですか?」
「あぁ、キリクにはまだ伝えていなかったな。アランドールは、ハーレクック領との領境に派遣していただろ?そこで敵軍と遭遇した」
「事前情報通りに進軍して来たようですね。既に戦闘は終わったのですか?」
「いや、それが向こうは戦闘が起きなかったらしい」
「戦闘が……?申し訳ありません、どういう事でしょうか?」
「アランドールが敵を目視出来る距離まで軍を進めたところ、敵軍から二人の人間が投降して来たそうだ」
「投降者が二人、何者ですか?」
「一人は総大将、もう一人は軍監だそうだ。投降というか、亡命希望と言った感じだったそうだぞ」
軍監は……時代によって役割が変わるからな……どんな役職なのか本人に確認しておいた方がいいだろう。
「総大将と軍監が……?」
「あぁ、敵軍はそのまま引き返し、ハーレクック領の街で待機させるらしい。投降した二人はアランドールが領都まで護送してくるが……どうやら二人とも、以前領都で処刑したカルモスの娘婿の兄弟らしい」
俺の言葉にキリクが目を細める。
まぁ、言いたい事は流石に俺でも分かるけど。
「投降した振りをして、復讐を目論んでいるといった所でしょうか?」
「アランドールの見る限り、そんな様子は無いらしい。その二人とも領都で会うつもりだ」
「危険では?」
「ふっ……正面から俺を害すことが出来ると思うか?」
会う時はリーンフェリアは勿論、アランドールも一緒にいるしね!
「畏まりました。ですが……護衛をつけさせていただきますが、宜しいですか?」
「構わん。お前達の良いようにしろ」
というか、絶対つけて下さい、お願いします。
「ありがとうございます」
「サリアが投降させた者も領都で会う。手配しておけ」
「はっ!」
キリクの返事を聞きながら、黒板に貼ってある地図に視線を向ける。その地図は戦場となったこの付近の地図ではなく、ルモリア王国全土の大雑把な地図だ。
「これで、新興貴族とやらの勢力は一気に力を失った。この時点で王の首を取るつもりは無かったが……まぁ、些事だな。どのみち俺がこの国を取る以上、亡国の王に居場所は無い」
いや……ほんとは、使えそうだったら代官として残しても良かったんだけど……使えるかどうかの判断すら出来ずに真っ二つだったからな。
まぁ、外交官達の調べた限りじゃポンコツっぽかったし、期待はしてなかったけど。
ってか、確実に覇王ルート進んじゃってるよね……初っ端で敵国の王殺しちゃってるし……いや、俺のせいじゃないけど……。
「王と派閥の筆頭が戦死していますし、参戦した貴族も殆ど討ち死にしているはず。軍もかなり削りましたし、この戦果をもって各領主に調略をかければ、エインヘリアに恭順を示すことでしょう」
「調略にはカルモスと……出来ればアッセン子爵も使いたいな。恐らく首を横には振るまい。国軍を撃退したことで、自領を守れるのかという懸念は解消できたはずだ」
「アッセン子爵は信仰に目覚めた様で、毎日のようにエイシャと祈りを捧げているようですね」
「……あぁ」
信仰の対象が気になる所だが……まぁ、カルモスも太鼓判を押しているし、大丈夫だろう。能力的には。
「キリクは、まだルモリア王国との戦は続くと考えるか?」
今回、一万五千を叩き潰したとはいえ、相手にはまだ、各領に数千の兵と国軍が二万近く残っているらしいからな。
兵力だけで考えるならば、まだ戦う事は出来る。
だが、カルモスから聞いている旧貴族の性質と、新興貴族の勢力図を考えると……。
「ルモリア王国としての派兵はほぼないと思われます。あるとすれば、各領主との小規模な戦いだけかと」
「キリクもそう考えるか」
「はい。ルモリア王国は特殊な形態の国のようですし、もはや、それをまとめ上げることの出来る者はいないでしょう」
ルモリア王国はカルモスから話を聞いた限りでは、日本の戦国時代みたいな印象を受けた。
朝廷や幕府と言った中央は存在するものの、各領主がそれぞれの軍を持ち、独自に領地を営んでいる。中央から要請があれば従うが、それも国という大きな枠の為ではなく、自領の為と言った感じだ。
故に、中央への忠誠は薄く……その結果、中央集権を目指した新興貴族という派閥が誕生したのだろうな。
まぁ、俺達としてはこれを倒せば全部俺達のモノ、みたいな相手が居ないから、若干面倒ではあるけど……ある意味、相手取りやすいとも言えた。
「暫くは各地への調略と小競り合いだな。開発部や外交官達だけでなく色々と忙しくなりそうだ」
「これも、フェルズ様の新しき覇道の第一歩。私達の中に労力を惜しむ者はおりません」
「……期待している。まぁ、最初の障害としては物足りぬ相手ではあったがな」
覇道……進むつもりはないですけど……ルモリア王国を取ったら、魔石は十分過ぎる程手に入るしなぁ……。
ルモリア王国を平定したら……周辺国とは仲良くやっていきたいと切に願う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます