第17話 次はあっちに
「大して収益がある村じゃないが、初の領地になるな」
村を振り返りながら言った俺の台詞に、隣にいたリーンフェリアがそこはかとなく嬉しそうな雰囲気を滲ませながら頷く。
「流石はフェルズ様です。槍を交えることなく、他国統治下の村落を服従せしめるとは……やはり、フェルズ様の御威光は身分を隠したとて隠しきれるものではありませんね」
リーンフェリアはそう言って顔をほころばせるが……いや、アレは威光とかカリスマじゃなくって……ただの脅しじゃね?
しかし、魔力収集装置があんなに問題になるとは思わなかったな。
エイシャがこいつらをぶっ飛ばさなかったとしても、現地勢力との衝突は避けられなかっただろう。
俺達としてはアレを撤去するなんてもっての外だし、相手側としては得体のしれない装置を領内に置くなんてってところなんだろうな。
俺は気絶したまま引きずられている騎士に視線を向ける。
「クーガー、本当にその者達の輸送を任せて大丈夫か?」
「問題ないっスよ。少し行ったところに他の奴等もいるっス。御命令通り、すぐに城に連れ帰って情報を搾り取るっスよ」
この下っ端口調の男はクーガー。ウルルの部下で外交官だ。得意な交渉術は投薬と暗殺……そんな外交官絶対自国に招き入れたくねぇ……。
「あぁ、任せた。それと、キリクへの伝言も頼むぞ。明日にはこの村に軍を派遣出来るな?」
「うっス!問題ないっス」
「よし、では行け」
「はっ!」
俺の言葉を受けてクーガーが駆け出していく、三人の騎士を引きずって……死なないよな?
まぁ、ちゃんと情報を聞き出す様に言ってあるから大丈夫か。
とりあえず、クーガーには村に向かって来ている騎士団とやらの情報を最優先で聞くように言ってある。そして相手の三倍程度の数の兵を召喚してこの村に派遣するように、キリクに伝言を頼んだ。
まぁ、普通言葉だけで軍を派遣したりは出来ないだろうけど……俺の命令であるという事をキリクに理解させるために、クーガーには俺の覇王剣を預けた。
アレを見せればクーガーの言葉が俺の命令であると証明出来るわけだ。まぁ、クーガーが裏切ったらえらい事になるけど……その心配は必要ないだろう。
剣を渡した時……クーガーは生まれたての小鹿が驚くくらいガックガクに震えていたし、受け取った姿勢のまま暫く腰が抜けて立ち上がることが出来なかったし、いざ立ち上がったら我が子を守る猛獣の様な目つきで周囲を警戒し、剣を抱きしめる様に抱えていた。
アレが演技だったら、俺はもう誰も信じられない……。
「さて、リーンフェリア」
俺は走り去っていったクーガーから視線を切り、隣にいたリーンフェリアに声を掛ける。
「はっ!」
「この村の事は任せる。オトノハ達の事は勿論、我が民となったからには村人の事もしっかりと守ってやれ」
「はっ!この命に代えましても!」
いや……オトノハ達の事は全力で守って欲しいけど、村人の命だったらリーンフェリア自身を優先して貰いたい……とは言えんよなぁ。
「……無理だけはするな、今お前達に居なくなられては困る。明日には城から一部隊派遣されてくるから村の警備はそちらに任せ、魔力収集装置を設置次第、オトノハ達と転移で戻ってくると良い」
「はっ!承りました!……ウルル、エイシャ。私の分までフェルズ様をお守りするのですよ?」
「えぇ。身命を賭して」
「……」
命賭けすぎぃ……。
俺は真剣な表情で決意表明をするエイシャと、同じく真剣な表情で頷くウルルを見て戦慄を覚える。
今回、俺に同行するのはこの二人だけだから気合の入り用も違うのだろう……。
因みにオトノハ達は転移や通信機能ありの魔力収集装置を村へ設置、リーンフェリアはその護衛。そして俺とウルル、エイシャは現在移動中のゴブリン達に合流する予定だ。
収集できる魔石量から考えても、この村よりゴブリン達の方が重要度は高いしね。
ゴブリン達の護衛についている部下達を信用していない訳ではないが、やはり自分の目で見ないと心配なのだ。
この考え方は……上に立つ者としては駄目なんだろうが……まだ覇王レベル1という事で勘弁して貰いたい。
「では、行くとするか。ウルル、案内を頼む」
「はい……」
駆け出したウルルに続いて俺とエイシャも走り出す……しかし、俺はともかく、ちっちゃいエイシャも平然とこの速度についてくる光景は、何度見てもかなり違和感がある。
そんな常識外れの速度で走ることしばし、前方にそろそろと移動するゴブリン達の集団を発見する。
「思ったよりも距離は進んでいないのだな」
「……申し訳ありません」
「いや、不満があるわけじゃない。俺達の様な移動速度を出すのは無理なのだと認識しただけだ」
牛歩とまではいかないが、至って常識的なペースで移動しているゴブリン達を見て、若干ほっとする。
ゴブリン達を刺激しない様に速度を落として集団に近づいていくと、一人の人物が集団から離れこちらに向かってきた。
「フェルズ様。御身自らのご足労、痛み入りますわぁ」
そう言って近づいて来た人物……カミラが膝をついて頭を下げる。
「カミラ。ゴブリン達の引率、御苦労」
「勿体なきお言葉ですわぁ。とは言え、ゴブリン達も素直だしぃ、大した手間ではないわよぉ」
「特に問題は無かったか?」
「森を抜ける前に一度だけモンスターの襲撃があったくらいねぇ」
立ち上がりながら顎に指を当てつつ、カミラが軽い口調で言う。それはそれとして、カミラの服装はローブを気崩している感じで……目の前で膝を着かれると……こう、色々な部分がアレしたりして、色々とこう……アレする感じがアレなわけだからして……危険である。
しかし、覇王はそんな内心の葛藤をおくびにも出さない。
「ふむ、特に被害は無かったという事だな?」
「えぇ。ジョウセンが張り切って一人で倒したのよぉ。いいわよねぇ……魔法が無くても戦えてぇ」
そう言って頬を膨らませるカミラ。妖艶な美女といった姿のカミラには珍しい表情にも思えるが……中々愛嬌があって可愛い。
「すまないな、カミラ。自由に魔法を使わせてやれなくて」
俺が謝るとカミラは慌てたように頭を下げる。
「も、申し訳ありません。そのような意図は……」
「気にする必要はない、不自由させてしまっているのは事実だ」
「は……はっ!」
恐縮しきってしまっているのか、カミラらしからぬ言動に俺は冗談めかした声音で話しかける。
「カミラ。俺はそうやって恐縮してしまっているお前より、普段通りのお前の方が好きだぞ?」
「ぴゅ!」
「ぴゅ?」
何を言おうとしたらぴゅって叫ぶのだろうか?俺にはぴゅう太くらいしか思いつかないが……。
「い、いえ!な、なんでもないわよぉ」
「ふっ……」
そう言って顔を赤らめながらしなを作るカミラを見て、少し笑ってしまう。
まぁ、笑ったのはカミラの仕草のせいでもあったがもう一つ……俺、全員に同じこと言ってない?と思ったからだ。自分のボキャブラリーの無さに自重めいた笑いが漏れてしまったのだ。
「も、もう。笑うなんてひどいわぁ」
「……すまんな。ところでジョウセンはどこだ?」
俺が謝り、ジョウセンの事をカミラに尋ねると、一瞬で顔色を赤から普通に戻したカミラが普段の様子で答える。
「ジョウセンは……集団の最後尾にいるわぁ。確か、殿は武士の誉れ……とか言ってたかしらぁ」
「そうか。アイツは武士じゃなくて剣聖なんだが……まぁ、いいか」
俺はそう呟きながら集団の最後尾に視線を向けるが、ジョウセンの姿は認識できない。
ジョウセン……カミラが魔法系の最強だとすれば、ジョウセンは物理系最強のキャラだ。
といっても魔法万能にしたカミラみたいに強化にコストは掛かっていない。剣聖の名の通り、剣が得意ではあるが、槍と斧と弓もそれなりに使えるようにしてある。
基本的にRPGパートのスタメンではあるが、戦争パートでも魔法こそ大して使えない物のかなりの強さを誇る。特に武力が最大値なので一騎打ちにめっぽう強い。
まぁ、ほら……日本における剣聖から名前を貰っていますからね?
武芸も軍事もござれって感じのキャラにしたかったわけですよ。まぁ、ノッブの野望だとあんまり能力値高くなくて切ないんだけど……ってか、あのゲーム、剣豪系のキャラは軒並み微妙なステータスなんだよね。
「フェルズ様……ジョウセン……呼ぶ?」
ウルルの提案に、明後日の方向に向かっていた意識をこちらへと戻す。
「いや、仕事中だしな。最後尾は確かに重要な役目だし、呼び出す必要は無い。だが、バンガゴンガには会っておいた方がいいかもしれないな。どこにいるか分かるか?」
「ゴブリンの長なら集団の先頭にいるわよぉ」
「よし、ならば行くか」
「……御身自ら足を運ばれるのですか?」
俺の一言にエイシャが反応する……覇王的にNGなのか?いや、でもこうやって集団が動いていっているわけだし、その先頭にいるバンガゴンガをこっちに呼び出したら全体が止まらないか……?いや、案内人って訳じゃないから止まらないかもしれないけど……。
「お前達にはすまないと思うが……今は効率を重視したい。権威や威厳よりもな」
そう言って俺は、ゴブリン達の進行方向へと足を進めた。
その後ろをエイシャ達は黙ってついて来ている。しかし……今の言葉で納得してもらえるだろうか?
部下達は皆、俺に最大限の敬意をもって接してくれている。偶に行きすぎじゃないかと思う事もあるが……その敬意に対して、俺は行動で報いる必要があると思う。
だが、色々と簡略化したいと思う事や、気軽に行動したいと思う部分があるのも確かだ。その辺の塩梅を上手く取っていきたいとは思っているのだけど……皆の中にある覇王フェルズ像ってどんな感じなのだろうか?今更ではあるけど、少し確認しておいた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、着いてくるエイシャ達を盗み見るが……特に不満そうな顔はしていないな。
そんな風に内心ドキドキしながら集団の先頭に行くと、どこからどう見てもゴブリンには見えない巨体の持ち主が、俺に気付き声を掛けて来た。
「フェルズ……いや、フェルズ様。この度は我等ゴブリンを受け入れて下さり、本当にありがとうございます」
「……どうした?バンガゴンガ。今までのような口調で構わないぞ?」
「いえ……フェルズ様は王であらせられると、カミラ殿より伺っております。しかも、人族の王です。我等ゴブリンを受け入れるという事は必ず他国との軋轢が生まれる事でしょう。にも拘らず我等を保護すると約束して下さった……」
そう言って神妙な面持ちになるバンガゴンガ。
え?ゴブリンの保護ってそこまで大事なの?少し確認しておいた方が良さそうだな……。
「バンガゴンガ。以前俺達は旅をしてきたと言っただろ?それはかなり遠くからでな……この辺りの情勢を良く知らないのだ。ゴブリンを受け入れることが他国と軋轢を生むというのはどういうことだ?騎士団を送り込まれるという事から、あまり人族から良く思われていないというのは分かるのだが……」
「数百年前の事ですが……ゴブリンはこの辺りに大きな国を築いていました。その国と人族の国は長い間戦争に明け暮れ……最終的にゴブリンの国は滅びました。それ以降、人族は我々の事を魔物と呼び、徹底的に排斥を続けております。今や数を減らしたゴブリンは、人族に見つからぬように隠れ住むのがやっとといった有様です」
種族間競争に敗れたって感じか……しかし、話は通じるしな……確かに見た目は違うし、ゴブリンの女性を見ても可愛くは見えないけど……魔石五倍だし、問題ないだろ。
「数百年前の敗者と言うだけか?ならば別に問題ない。そのような遥か昔の話、俺の知ったことでは無い。そもそも今の人族にしても、ゴブリンに親兄弟が殺されたと言うのなら恨む気持ちも分かるが、そういう訳では無いのだろう?」
俺が下らないと言う様に鼻を鳴らすと、バンガゴンガは目を丸くした後、破顔しながら深々と頭を下げた。
「そういった種族の違いだけを依り代とした憎しみは……洗脳みたいなものだからな。俺達の様に外部から来た者からすれば、鼻で笑い飛ばす程度のものよ。無論、お前達が我等に牙を剥くと言うのであれば、刈り取ることに何ら躊躇いは無いがな」
「ありえません。フェルズ様方の鬼神の如き強さは全ての者が理解しております。そして何より、滅びの運命よりお救い下さったその慈悲深さを……。我等如きの力なぞ、フェルズ様の一助にすらなり得ないとは存じますが……せめて恩に報いるだけの忠誠を捧げさせてください」
膝を付き、平伏しながらバンガゴンガが言う台詞に……若干の後ろめたさを覚える。
魔石一万七千ゲット!!と浮かれていた覇王が、罪悪感で押しつぶされそうだ。
「俺はお前達を保護すると約束した。それは、お前達を我が民として招き入れるということだ。そこに種族の貴賎はない。そして、お前の集落の者だけに限らず、庇護を求めるのであれば、他の隠れ住んでいるゴブリン達も我が民として迎え入れよう。いや、ゴブリンに限らず、人族、妖精族……数多の種族を俺は拒まない」
「……」
バンガゴンガが膝をついたまま顔を上げ……先程以上に呆けた様な表情を浮かべている。今日も俺の演説癖は全力で働いているらしい。
「それとな、バンガゴンガ。自らを卑下するのはやめておけ。我が民となるという事は、それだけで俺を助けてくれているという事だ。我が民を軽んじる奴は……誰であろうと許さんぞ?」
俺がそう言って笑うと、再びバンガゴンガが平伏……いや、地面に頭突きを入れる。
この様子を見る限り……前みたいに気安く喋ってくれとは言い難いな……。
「バンガゴンガ、頭を上げろ。俺達が動かないと後続が動くに動けないだろ?」
俺がそう言うと、バンガゴンガは立ち上がり、恐縮したように俺と後ろに続くゴブリン達に謝った後歩き始める。
「ウルル、このペースだといつ頃城に着くことになる?」
「休憩を考えて……明日の昼頃……」
「結構かかるな……今夜は野宿か……城下に着いたらすぐに休める様に準備だけはしておかねばな。ウルル、後でキリクに伝令を頼む」
「……了解」
テントとか持ってないけど……野宿とかできるだろうか……?
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