第2話 魔族退治の代償

 オレは転生者――。ただチュートリアルもなく、転生したことを思いだしたときには、孤独だった。

 これはエルフの生き方で、単独で暮らし、母も一人で出産し、一歳を迎えるころには独り立ちする。ちょうどものごころつくころ、転生前の記憶をとりもどし、ここでの常識と融合したころには孤独を享受していた。

 どうして転生したか? それすら不明で、目的すらない。ただ、この異世界は神族と魔族が相争い、そこに人族、エルフ、ドワーフなど、他種族も巻きこまれ、永劫の殺し合いをつづける。

 そのため魂の浪費が多く、転生者を受け入れているのかもしれない。

 転生者は一つだけ、特殊なスキルが初期装備として与えられる。

 スキルゲート――。ステイタス画面をそう呼ぶのだが、そこにあるオレのスキルは〝卑怯〟――。

 そう、オレは〝卑怯〟を武器に生きることを、宿命づけられたのだ。


 エルフはどこにも与せず、流浪するのが一般的らしいけれど、オレは町にでることにした。前世の記憶をもつ以上、人との交流をもちたい、と思っても責められることではないだろう。

 ただそこは、思い描くような異世界ではなかった。文化レベルは低く、庶民は竪穴住居のようなところで暮らし、高い建物は礼拝堂ぐらい。それは神族と魔族の争いに巻きこまれ、街をつくったところですぐに破壊されるのだから、文化が発展しなくて当然だ。

 その代わり、兵器や防具の練度、魔法の熟達ぶりは凄まじい。すべてが戦うことに特化されているのだ。

 そんな中でも、特異なスキルをもつ転生者は強力だ。だから戦うことを求められ、参戦する者も多いようだ。


 オレは人族の町で、冒険者として登録する。

「へぇ~。エルフの冒険者か、珍しいね」

「そう……なの?」

「エルフは社会性をもたない……おっと、アンタは違うみたいだね」

 ギルドの受付の女性は、そういって下卑た笑みを浮かべる。冒険者は、戦闘になれば最前線で戦う。そんなものにわざわざ志願するのは……。特に、それがエルフなら尚更……ということらしい。

 そういう物珍しさもあって、パーティーに誘う冒険者も多かった。

 ただ、すぐにオレは除け者となった。何しろ、弓をつかう後方サポート要員、その任を果たせないからだ。

 弓が苦手……。それは転生前の記憶が邪魔をし、エルフの特性を生かしきれないのだから、当然だ。それに、軽い魔術によるサポートもエルフの仕事。でも、エルフとして若いオレには荷が重い。

 何より、肝心なところで逃げだしてしまう腰抜け……そんな評判が蔓延したことも大きかった。

 命の危険にさらされ、立ち向かえるような覚悟は、前世の記憶をもつオレにはもつことすら困難でもあった。

 平和ボケ……。そう評されようと、オレは〝卑怯〟と罵られようと、この殺戮と裏切りの世界で生きることにした。


 そんなある日、魔族が町の近くへくる、との噂が立った。

 神族に仕える町、ベージェ――。魔族を倒せ、魔族に踏み荒らされるのは、神への冒涜だ、とする声が上がり、その声に応えて「オレが行く!」と、力強く名乗りを上げたのは勇者、ヴァートだ。

 恐らく彼は転生者。凄まじい力をもった、まさに勇者とするにふさわしい。そんな彼が手を挙げたことで、白魔導士のエリューをはじめ、大魔導士のロナウなど、ベージェの町にいる最強、精鋭の十二名からなるパーティーが組まれた。

 無論、そこにオレはいない。

 魔族を待ち伏せすべく、町をでていく彼らを見送る立場だ。

 だからこっそり、先回りをした。そこで遭遇した魔族に、冒険者パーティーの情報を伝え、そして魔族によってパーティーが全滅し、油断したところで魔族を倒したのだ。このオレが……。


「何で……、何でパーティーに参加していないアナタが生き残り、魔族を倒しているのよッ!」

 リビクーコの耳を殺いでもどってきたオレに、浴びせられたのは称賛ではなく罵声だった。

 しかも、それは身内を殺された者の、悲痛な叫び……。

「パーティーに入っていないから、こっそりと隠れ、双方が疲弊するのを待った。冒険者パーティーが全滅したのは残念だけれど、魔族も疲弊していたから、オレが討ちとれた」

「嘘よッ‼」

 目の前にいる少女は、目を怒らせてオレを睨んでくる。その通り、嘘である。

 でも、耳から得られた情報、そして状況証拠を精査した結果、オレの言葉は正しいと判断された。

 全滅したパーティー、心臓を炎で焼かれた魔族、他に目撃者もいない以上、オレの説明を覆すことはできない。

 それでも非難囂々、冒険者を見殺しにした、との声が大きくなる。

「お姉ちゃんを返して!」

 そういって掴みかかってくるのは、白魔導士エリューの妹、セイラだ。姉の背中を追いかけ、自らも白魔導士をめざす……。

「嘘」と叫んでも、それを証明することも、否定することもできないから、心のうちでくすぶる。

 姉から「まだアナタは実力不足」と、待機を命じられ、その通りにした結果、大切な人を失った……。そうした悔恨も、抜け駆けをし、冒険者を見殺しにしたオレへの怒りへと変換される。

 オレは魔族を倒した莫大な報酬をうけとると、ベージェの町を後にした。何より、怨嗟の声はセイラへの同情と相まって、日増しにオレへの敵意となって顕在化していたからだ。

 エルフは孤独に生きる。それでも、転生者としての記憶をもつオレは、他者との関わりをもちながら、生きたいと考える。ただそれを赦すほどに、この異世界は甘くはない。

 だからオレは、この世界を〝卑怯〟な手をつかって生き抜いていく……。


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