15 放送

 月をまたいで9日がやってきた。

 あさみちゃんの暮らす動物病院の二階にはちっちゃいワンセグの携帯テレビしかないそうなので、オーヤマ氏のアパートにやってきた。第二土曜日なので動物病院はお休みで、午前中に養豚場の衛生管理の仕事にいっただけで今日の仕事は終わりらしい。

 オーヤマ氏が民放を見ているのはなかなか珍しい。ふだんはNHKをひたすら見ている。受信料が勿体ないからだそうだ。でもNHKは受信料に見合う番組を作っていると思うのだが。

 あと三十分で放送が始まるとなって、オーヤマ氏は急にそわそわし始めた。ふだん、不特定多数が観ているYouTubeを使っている人とは思えない緊張ぶりだ。

 まあそりゃ全国放送ならネットを知らないおじいちゃんおばあちゃんも観るわけで、そりゃ不安になってもおかしくないわけだが、全世界の人にアレな女装をさらしていたのだからもうちょっと落ち着けと思う。

 あさみちゃんが持ってきたカレー(やたらとジャガイモが多い)を食べながら、二人はテレビを眺めている。お、始まった。

 スタジオでかわいい子犬と遊ぶコーナーがあって、それをあさみちゃんはしかめっ面で観た。子犬がかわいいのは当然だしすぐ子犬でなくなるのだから安易に子犬の映像を流すべきではない、というのがあさみちゃんの持論である。そりゃああんな過去背負ってたらねえ……。

「ネットで話題のコワモテバンドマン子猫カレンダー!」

 と、いきなりナレーションが入り、ヒゲにタトゥにトゲトゲの服の外人さんが子猫を抱っこしている画像がばんと出た。ワイプで芸能人が爆笑している。

「なんと日本にも癖強めのバンドをやりながら猫と暮らしている未来のスターがいると聞き、取材班はその未来のスターのもとに向かった!」

「未来のスターだって、チカさん」

「そんなんじゃないんだけどな」

 二人はふふふと笑った。

 オーヤマ氏のところをディレクターさんが訪れるところから映像は始まった。

「もっと怖い感じかと思ってました」というディレクターさんの意見も流れた。

 オーヤマ氏はぜんぜん怖くないのだが、それはともかく動物番組なので俺らが映る。

「おいヤスハル! あれはお前じゃないのか? お前はここにいるよな? あれ?」

「あれはテレビだ。映像だよ」

 マスタツが混乱している。まあ混乱しても仕方がない。

「おー。チカさんだ。オーヤマブラザースもばっちり映ってる」

「全国デビューしちゃったぞ、ヤスハルとマスタツ」

「あははー。チカさんのメジャーデビューより早かったね」

 番組のいちコーナーかと思ったら結構長く取材の映像が流れた。

 オーヤマ氏が三村さんことミムさんと音楽活動する様子も流れた。ライブハウスは熱狂していた。オーヤマ氏の実力は意外とちゃんとしている。

 まあ動物番組なのでバンドの様子はほどほどで、俺たちのほうがよく映っている。なんだか嬉しくなった。

 オーヤマ氏は、なぜ生活が厳しいのに猫を飼っているのか訊ねるディレクターにこう語った。

「自分は、猫に救われたようなものですから。猫のいない生活は、考えられないんです」

 猫に救われた。どういうことだろう。

「知りたいですか」

「オワッ」

 いきなり猫頭の女神さまが登場した。女神さまは問答無用で、俺とマスタツに映像を見せてきた。

 独りぼっちの、昔のオーヤマ氏と思われる少年が、夜の公園にぽつんといる。

 ぼろぼろのポータブルCDプレイヤーと、一目で百均とわかるイヤホンで、なにか音楽を聞いている。ヴィジュアル系のやつだろうか。

 オーヤマ氏の服装は、明らかに母親が選んできました、という感じで、オーヤマ氏にはまるで似合っていない。公園の大きな木の下にあるベンチに、オーヤマ氏は座っていて、ちょっと悲しそうな顔をしていた。

 オーヤマ氏はまだ高校生くらいだろうか。誰かが迎えに来たりする気配はない。完全に独りぼっちだ。そう思っていると、足元に一匹の野良猫がすり寄ってきた。

「なんだよ……食べ物とかないぞ?」

「なぁーお」

 オーヤマ氏の足元で、その野良猫はくつろぎ始めた。

 別の日にも、その野良猫は現れて、オーヤマ氏の足元に座った。

 どうやらオーヤマ氏は毎晩のように家を抜け出して公園に来ているようだ。そのうち、オーヤマ氏は野良猫に、歌を聴かせるようになった。

 野良猫に歌を聴いてもらうのが、オーヤマ氏のいちばんの幸せだったのだ。

 そんなある日、オーヤマ氏が歌っているところに、ごつい大男が現れた。

「親康。お前は軟弱だ」

 大男は一言そう言うと、オーヤマ氏を連れて行こうとした。さっきの野良猫が大男に噛みついた。大男は野良猫を蹴り飛ばし、野良猫は花壇のレンガに激突して動かなくなった。

 死んだかどうかは定かではない。しかしそれは明らかに弱者に対する暴力だ。

「チビ!」

 オーヤマ氏はそう叫んだ。大男はオーヤマ氏をごんと殴った。

「猫なんてくだらないものと遊んでいるヒマはお前にはない!」

 ああ、この人がオーヤマ氏の父親なのか。

 オーヤマ氏は無理くり連れ帰られた。野良猫は、しばらくしてから気がついて、「にゃーん?」と声を上げ、オーヤマ氏がいないのをみて足を引きずりながらどこかに歩いていく。

 これが、オーヤマ氏の過去なのか。

 あさみちゃんとどっこいどっこいのつらすぎる過去じゃないの。

 俺たちがオーヤマ氏の過去を見ている間に、動物番組は終わった。それとほぼ同時に、オーヤマ氏のスマホになにやら通知がきた。

 ツイッターやYouTubeのフォロワーだのチャンネル登録者だのがどんどん増えて、しかも動画の再生回数やツイッターのリツイート・いいねが連打されているようだ。

 これは完全なる「バズり」であった。

 それも、いままでオーヤマ氏が言っていたバズりとは規模の違う、万バズというやつだった。

「チカさんすごいじゃん! だいじょうぶ?!」

「う、うん……俺も石の下の虫だから、こうなるとドキドキして困る……こんなにバズったのは生まれて初めてだよ」

 いいぞいいぞ。このままトレンド入りしろ。

 結局トレンド入りこそしなかったが、オーヤマ氏のツイッターのフォロワーが数百人から千人以上の規模になった。余波で三村さんもだいぶフォロワーが増えた。

 YouTubeのほうは再生回数がどんどん伸びて、そろそろどっかしらの事務所に声をかけられるのでは、というくらい伸びた。

 あさみちゃんが帰ってから、オーヤマ氏は俺たちにちゅーるをくれた。

「お前らがいるから俺はいるんだ。ありがとう」

 そう言い、オーヤマ氏はさっさと寝てしまった。緊張がとけて疲れが出たのだろう。

 なにやらスマホが点滅した。オーヤマ氏は気付いていない。

 翌朝、オーヤマ氏はスマホを見てアホの顔をした。

 なにやら小規模ながらちゃんとギャランティの出る仕事をもらえたらしい。早速三村さんに連絡する。三村さんも素直に喜んでくれた。

 こいつら性根が超☆善人だな?

 ギャランティがもらえるということはバンドとして認められたということだ。小説家だったら原稿料が発生すればどんなに小規模でもデビューである。

 事務所に囲まれてメジャーデビューしたバンドではないのでギャランティは小さいが、地方CMの依頼らしい。ペットシェルターからの依頼のようだ。

 オーヤマ氏は三村さんとそのCMのための音楽制作をすることになり、バイトのあとオーヤマ氏のアパートに集合して会議を始めた。

 いいぞいいぞ。俺たちはワクワクしてオーヤマ氏と三村さんを観察した。

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