14 取材
オーヤマ氏はアルバイトに明け暮れているし城岡先生改め「あさみちゃん」は獣医師業務で忙しい。幸い病院の火事は看板が燃えただけだった。しかも放火でなく、飲み屋街で誰かがタバコの吸い殻をちゃんと消火しないで捨ててしまったのが原因らしい。
あさみちゃんは必死に、燃えてしまった看板の修理費用を稼いでいる。まあそんなに大きい看板ではないし、常連さんたちも心配してよく来てくれるらしい。
それでも、病院が終わったら、オーヤマ氏のアパートにときどき顔を出して、二人して夕飯を食べたり他愛もない話をしたりしている。
「あの白い猫、どうなったの?」
「無事に新しいお家に収まったって。野良猫だったことを忘れてちゅーる食べてるらしいよ」
二人のお喋りは敬語ではなくなっていた。間違いなく彼氏彼女の会話だ。
どうやらシロさんはちゃんと新しいお家で暮らしているらしい。よかったよかった。
「チカさん、YouTubeの収益はどんな感じ?」
「まだまだ食べていくには足りないかな」
「まだ当分アルバイト漬けかあー。ヒモにはならないでね」
「うん、それはその通りだ……」
「応援してるんだからね。頑張ってね」
そういうやり取りののち、あさみちゃんは帰っていった。もうすっかり深夜だ。
あさみちゃんの帰っていく後ろ姿を、オーヤマ氏はぼーっと見つめていた。
「なんとかして売れないと、食っていけない……」
オーヤマ氏はぼそっとそう言った。それは俺たちにも責任のあることだ。
どうやってオーヤマ氏をインフルエンサーにして食わせていくか。ネット最強コンテンツである俺たち猫でも、ある日突然オーヤマ氏を売れるようにするのは難しい。
オーヤマ氏は明日のアルバイトに向けて早めに布団にもぐり込んだ。明日はどうやったってやってくるのである。
俺たちも寝てしまうことにした。だんだんと暑くなってきたので、腹ばいでフローリングに転がる。ひんやりして気持ちいい。
翌朝、オーヤマ氏を猫パンチで叩いて起こし、朝ごはんをもらってモグモグ食べた。オーヤマ氏は軽く朝食をとり、ヒゲをあたると、朝活というやつなのか、ヘッドホンをつないでヴァン・ヘイレン並みの超絶技巧に挑戦し始めた。
チープな、通販で一万円くらいのエレキギターセットで、そんな超絶技巧ができるもんなんだろうか。まあ弘法筆を選ばずっていうしな。そう思っているうちに、オーヤマ氏はアルバイトに出かけていった。
あ、スマホ忘れてった。
まあ俺たちがアルバイト先に届けられるわけではないので放置する一択である。
――なにやら画面に通知が出た。ツイッターのDMのようだ。
まあ俺たちには大して関係のないことだろう。でっかいあくびが出る。そのまま寝る。
オーヤマ氏は夕方帰ってきて、忘れていったスマホがチカチカしていることに気づいた。
「……なんだ? ……え?」
オーヤマ氏が愕然としている。どうした、炎上したか。オーヤマ氏はスマホを操作して、三村さんに電話をかけた。
「大変だミム。動物番組の取材にテレビクルーが来るって言ってる」
電話の向こうで三村さんが「はあ?!」と驚いている。
「猫好きヴィジュアルバンドマンっていうのが珍しかったらしい。こないだブラザースがバズったからだと思う」
バズった? なにが? そう思っていると電話口で三村さんが、
「ああ、あのギターに合わせて歌いながら尻尾ぱたぱたするやつか」と言ってきた。ああ、確かにそんな動画撮ったな。俺が元人間だから撮れたやつだ。
というわけで、その一週間後テレビクルーがどやどやとやってきた……と言いたいが、ディレクターさんが小さなカメラを持って来ただけだった。
オーヤマ氏は特にメイクするとかでなく、ふつうの好青年といった印象のいでたちである。
「もっと怖い感じかと思ってました」と、ディレクターさん。
「普段は一般社会で暮らしているので……なんかすみません」と、オーヤマ氏はわびた。
オーヤマ氏は基本的に、髪を小ざっぱりと短くして、演奏活動のときだけ派手なヅラを被るスタイルである。ディレクターさんとしてはド派手に染めた髪とかを期待したのだろう。
取材は、オーヤマ氏の狭いアパートの様子や、俺たちの暮らす様子が中心で、オーヤマ氏はディレクターさんの要望に応えてヅラを被りメイクをしてギターを弾いた。俺たちはそれに合わせて「うにゃーん」と歌った。
そのあとオーヤマ氏とディレクターさんは「ムニツィオーネ」の活動の様子を撮りに出かけていった。このために貧乏生活覚悟でライブハウスを使うことにしたのだ。
きっと特別ライブ、あさみちゃんが前方彼女ヅラで観てるんだろうな。
やっと取材が終わって、放送日はおよそ一ヶ月後だ、とオーヤマ氏はカレンダーに星のマークを書き込んだ。それから電池が切れたみたいにばったりと寝た。
次の日の朝早く、オーヤマ氏のアパートにあさみちゃんが現れた。なにやらタッパーウェアを持っている。
「チカさん、一緒に朝ごはん食べない?」
オーヤマ氏はドアを開ける。あさみちゃんが入ってきた。
「ありがとう。ちょうど生まれて初めての取材と単独ライブで疲れてたんだ」
「昨日の演奏すごかったよ。超かっこよかった!」
二人は他愛もないことを言いながら、あさみちゃんが作ってきた肉じゃがをつついた。
「うん、うまい」
「衛生管理でお手伝いしてる養豚場で、毎度毎度大量に野菜もらうんだよね……ところでテレビで流れるのいつ?」
「来月の9日。あのどうにも偽善の匂いのする動物番組」
「あーあの番組かあ。安易に動物の赤ちゃん可愛い~! っていうの流すのはよくないと思うんだけどねえ。でも昔やってた動物と話せる超能力者のやつは面白かったな」
「なんかコワモテミュージシャンペット自慢特集っていうのをやるらしくて。ヨーロッパのどこだったかでデスメタルのひとが猫可愛がってる、っていうのがきっかけだそうで」
「チカさんぜんぜんコワモテじゃないじゃん」
「うんまあそうなんだけど……待てよ、全国放送ってことは実家にも流れちゃうのか?」
「ご実家なにかまずいの?」
「俺、家出してここにいるんだ。居場所がバレたら連れ戻される」
「――ご実家のご家族は、あの動物番組毎週観てるの?」
「いや……土曜日はなにか他のを見てた気がするんだが……裏で野球とかやってればそっちを観てるかと思うんだけど」
「大丈夫。チカさんは大人だから、子どもみたいに連れ戻されるのを断ることだってできるよ」
「う、うん。そうだな……これがきっかけで人気者になれれば、稼げるようになれば、親だって認めてくれる……」
「親に認めてもらわなくても、チカさんは自由に生きる権利がある。それが基本的人権ってやつだよ」
あさみちゃんの言葉にはすごく説得力があった。あさみちゃん自身が、親から離れて自由に生きることを掴むことで生き延びたひとだからだろう。
マスタツがあさみちゃんの膝にひょいと乗った。そのままだれーんと伸びてすうすう寝る。
「どうしよう、これ食べ終わったら病院開けなきゃないのに」
「こら~マスタツ。あさみちゃんが困ってるぞ~」
「うにゃー」
マスタツはオーヤマ氏に抱えあげられた。全力で抵抗してガジガジ噛んでいる。
「噛み癖って歯がかゆくなくなったら収まるかな」
「収まる子とそうでない子がいるね。とりあえずわたしは仕事にいくよ。それじゃ」
「うん、気を付けて」あさみちゃんは帰っていった。オーヤマ氏もアルバイトに出かける支度をしている。
来月9日の放送が楽しみだが、なんとなく不安な感じもする。もしオーヤマ氏の親が連れ戻しに現れたら、俺たちはどうなるのだろうか。
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