11 平和

 最初のバンドが上手いのか下手なのかよく分からない演奏をして、会場はすごく盛り上がった。

 さて、オーヤマ氏の出番だ。そう思っていると、「次は『ムニツィオーネ』です」と、オーヤマ氏と三村さんの二人でやっているバンドが呼ばれた。しかしムニツィオーネて。

 こってりと化粧した二人はまるっきし別人で、まあそれなりにきれいな顔に見える。

「どうも、最近は猫のひとになってるムニツィオーネです」

 と、オーヤマ氏。どっと笑いが起きる。

「きょうは新曲を持ってきました! チカのところの猫だけじゃなく俺たちの本気を見てください!」三村さんがそう言う。チカというのはオーヤマ氏のことだ。

 クールな印象の出だしから、熱情を感じるメロディに流れていき、歌が始まった。

 歌はそんなに上手いわけじゃない、でも音楽に命をかけようという気概が感じられる。ギターは楽器が安いせいかちょっと音がちゃっちいが、それを技術でカバーしている。

 不思議な心地良さのある音楽だった。

 人間だったら泣いていたかもしれない。

オーヤマ氏は最後に「保護猫のチラシもらってってね!」と言って、そこで「ムニツィオーネ」の出番が終わった。客席のほうを見ると、城岡先生がすっと抜けるところだった。

 もうこんなもんか。俺らは子猫なのですぐ眠くなる。女神さまは帰っていった。

 おふとん気持ちいい~。そんな塩梅で寝ていると、オーヤマ氏が帰ってきた。時計を見る。深夜2時。どうやらライブのあとけっこう飲んだらしい。

 オーヤマ氏はドーランを落とすと、ばったりと布団に倒れ込んだ。

 翌朝、俺は空腹で目を覚ました。にゃーにゃー騒いでもオーヤマ氏が目を覚まさないので、ケージすり抜けの術に挑む。さすがに無理だった。

 にゃーにゃー騒ぐのも疲れる。そう思っているとオーヤマ氏のスマホが鳴った。

「はいもしもし」

 オーヤマ氏は寝ぼけたはずみでスピーカーフォンにしてしまった。

「どうも、城岡です。きのうのオーヤマさん、かっこよかったです」

「あ、あう……ありがとうございます」

「それで、白猫ちゃんなんですけど、きのうの夜引き取りたいって人から連絡がきて」

「ええっ。本当ですか」

「はい。白猫ちゃんの様子をみなきゃいけなくて、ライブをオーヤマさんの演奏終わったところで抜けちゃったんですけど……その少しあとにメールで連絡がきて。たぶんライブでチラシもらってった人なんでしょうね、猫ちゃんに会ってみたいって」

「よ、よかった」

 オーヤマ氏は安堵したようだった。俺たちもホッとした。

「ただ、白猫ちゃんは野良猫をやっていた期間が長いので、人間になつくか分からないですし……とりあえず次の休日に顔合わせしてみて、って感じになりそうですね」

「そうですか。でもよかった」

「はい。オーヤマさんが優しかったから、白猫ちゃんは助かったんですよ。でもやっぱり口元の傷は残りそうですね」

 そういう話をしばらくしてのち、城岡先生はそろそろ開院だからと電話を切った。

「……あ。すまん、お前ら腹減ったよな」

「にゃー!」

「にゃー!」

 二人して朝食を要求する。オーヤマ氏はキャットフードを用意して、それから動画編集を始めた。きょうはアルバイトがないらしい。

 キャットフードを食べ終えて、オーヤマ氏の膝に乗ってそこでウトウトする。オーヤマ氏は困ったような調子で「おいおいここで寝るのか」と笑っている。

 平和だった。

 この平和よ永遠に続け、というような平和だった。

 しかしそう願えば、その平和は叶わないわけで、午後からぽつぽつと雨が降り始めた。オーヤマ氏は冷蔵庫からちょっと怪しい感じになってきたお惣菜を取り出し、レンチンしてパクパク食べて、さっきまで編集していた動画をYouTubeにUPした。

 それからツイッターを開く。ハッシュタグが出来ている。「#ムニツィオーネは猫のひと」。それでいいのか。一部のコアなファンの人たちが、

「チカくんの猫を思う優しさに涙(泣き顔の絵文字)#ムニツィオーネは猫のひと」

みたいなことをツイートしている。

まあオーヤマ氏が優しいのはまぎれもない事実だ。俺たちを引き取って乏しい稼ぎからキャットケージやらなんやらを買い、せっせと世話をし、そしてシロさんを助けたのだから。

「――ん?」

 オーヤマ氏はツイッターをエゴサする手を止めた。なにやらnoteの記事を見つけたらしい。開いてみると、「どん底獣医師」というアカウントの人が書いたもののようだ。「ヴィジュアル系バンドのライブで人生変わった話」という記事だ。さっきのタグがついている。

 開いて見てみるオーヤマ氏の膝から体を乗り出して、俺も画面を見る。

「いや最高でした 控えめに言って最高 動物病院の患者さんからタダ券を頂いて聴きに行ったんですけど、ヴィジュアル系ってあんなカッコイイんですね。これはハマりそうです」

 おお、褒めている。

「実のところ、ウソだとかマウントとってるだとか思われるかもしれないんですけど、そのムニツィオーネってバンドの人がうちの動物病院に来てくださってるんですよね」

 オーヤマ氏が唾を飲む音が聞こえた。

「わたし人生がどん底オブどん底なんで、なにかを推すことにあんまり興味はないんですけど(とはいいつつ少年ジャンプは毎週買う)、生まれて初めて推したいコンテンツに出会った気がします」

 なんだか雲行きが怪しい。これでは恋には落ちないのではなかろうか。

「バンドマンを真面目に好きになるのは愚かなことなので、YouTubeでライブとかやってたらスパチャばんばん送ろうと思います。いやー生きる元気をもらった」

 はい残念でした~~~~!!!!

 そうなのである、オーヤマ氏には零細業者なりにそこそこファンがいて、城岡先生と出会う前はちょいちょいファンの女の子にちょっかいをかけていたらしい。

つまり、オーヤマ氏が城岡先生と付き合い始めたとしたら、城岡先生は嫉妬の対象になり、オーヤマ氏はみんなのものでなくなる。そしてそれを城岡先生は望んでいない。

 ううーんアーティストの業~~~~!!!!

 オーヤマ氏みたいな零細アーティストが業に苦しめられるとは思わなんだ……。

 オーヤマ氏はしょんぼりとため息をついて、記事のスキを押してツイートをいいねした。

 おそらくオーヤマ氏は本気で城岡先生が好きなのだと思う。しかし城岡先生は、オーヤマ氏を手の届かないアーティスト、推しとして応援するものと認識している。

 どうしたものだろう。俺たちはオーヤマ氏を幸福にするためにここに遣わされた。そりゃYouTubeでスパチャをもらえばオーヤマ氏(と、三村さん)の生活は潤うが、オーヤマ氏の城岡先生への恋愛感情は、アーティストがファンに向ける親愛の情と認識されるだろう。

 そういうため息をつきながら、しばらく経った。オーヤマ氏はそれなりに頑張ってYouTubeで活動している。しかしなんだか最近耳がかゆい。

「……ヤスハル、お前最近ずっと耳かいてないか?」

 オーヤマ氏は俺をしろおか動物病院に連行した。城岡先生はきょうもアニメ柄の割烹着を着ていて、朝ごはんらしくカロリーメイトをインスタントコーヒーで流し込んでいる。

「あ、オーヤマさん。どうされました?」

「ヤスハルが耳をかゆがってて」

「どれどれ~……うん、耳ダニですね。まだ子猫なので強い薬は使わないほうがいいかな……とりあえず耳掃除用のローションを出します。ヤスハルくんに耳ダニがわいているならマスタツくんも耳ダニがわいているかもしれないので、二匹ともきれいにしてやってください」

「わかりました。あの」

「どうかされましたか?」

「あの。本当に、noteの記事とか……ありがとうございます」

 オーヤマ氏はそう言って頭を下げたが、城岡先生は「なんでバレた?!」の顔だった。

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