7 衣裳

 助けねば、と考えたところで我々は猫である。オーヤマブラザースチャンネルがどんな塩梅なのかよく分からないし、そもそもYouTubeの収益化がどんな仕組みなのかもよく分からないのだが、オーヤマ氏のことだからうまい棒レベルではなかろうか。

 YouTuberは登録者数百万人でやっと食べていけると聞いたことがある。それならば、凡庸な模様で少々行動が面白いだけの子猫二匹では、YouTuber生活は望むべくもない。

 オーヤマ氏のギター演奏動画を載せているチャンネルはどうなんだろう。見てくれる人はいるのだろうか。なんだか不安になってきた。

 とりあえず目下、オーヤマ氏の衣装代を稼ぐ方法を考えねばならない。ライブは来月。オーヤマ氏はアルバイトを増やすことを検討しているようだが、しかしそれでは十分な練習ができないだろう。

 深夜、オーヤマ氏はスマホをいじっていた。画面がちらりと見える。基本的に赤と緑がよく分からないのだが、暗闇で見える灯りははっきり目に入る。

 どうやらコスプレ衣装の激安通販を見ているらしい。なにやら人間だったころ見たことのある、アニメのイケメンキャラクターの衣装を見て、

「版権ものじゃだめなんだよなあ……」

 などとぼやいている。そりゃそうだ。

 そもそもゴスロリファッションというものはとにかくお金のかかる服装だと聞いた覚えがある。そりゃそうだ、布地をたっぷり取ってレースの装飾をこれでもかと施しているのだから。

 激安で売っているところもあるらしいが、そういうところだとちゃんとしたブランドのデザインを丸パクリして問題になったりしているらしい。

 オーヤマ氏はとりあえず八百円の羽マフラーを買ったようだった。それ以外をどうするか、というのが問題のようだ。

 わざわざお金のかかるヴィジュアル系にこだわる必要はないと思うのだが、よくよく考えるとオーヤマ氏は人生をヴィジュアル系に救われている。俺らにはそれは否定できない。

 だんだん眠くなってきたので、さっさと寝てしまうことにした。猫は夜行性だが、飼い主に合わせて昼活動することもできる。さすがに昼夜逆転はまずかろうと思ったので目を閉じる。

 次の日、オーヤマ氏は俺たちにキャットフードを与え、惣菜屋さんのアルバイトに出かけた。そしてそのとき、キャットゲージのドアを閉めるのを忘れていった。

「ヒャッハー! シャバだ!」

 いやマスタツ、そんなマッド●ックス怒りのデスロードみたいなノリで大丈夫なの。俺は俺で好奇心に逆らえなかったので、オーヤマ氏のアパートのなかを探索することにした。

 高いところの窓が網戸になっていて、そよそよと風が入ってくる。

 それがハンガーラックにかけられた洋服を揺らす。

「なんだこれ」と、マスタツが洋服に興味を示した。

「あっばか、それで遊んだら怒られるぞ」

 マスタツが黒いジャケットに猫パンチする。俺も注意したくせにつられて猫パンチする。ビリビリビリーっとジャケットの繊維が引きずり出される。それが楽しくてまだまだ遊ぶ。

 子猫の好奇心、無限大ッ!

 あっという間にジャケットの下半分を木っ端みじんにしてしまった。

「……これはやりすぎたな」

「うむ、たしかに……」

 二人で反省する。まあ反省しないのが猫の猫たるゆえんである。すぐに別の遊びを考え始めた。結局いつものプロレスごっこを始めてしまう。

 そうやっているとオーヤマ氏がアパートの階段を上る音が聞こえてきた。慌ててキャットケージに戻る。ガチャガチャーとドアの鍵を開けて、オーヤマ氏が入ってきた。

「ただいま……ああっ!」

 オーヤマ氏が悲鳴を上げる。ジャケットがボロボロにされたらそりゃ当然そうなるだろう。

「おまえら~」オーヤマ氏は俺たちを睨んだ。目をそらす。オーヤマ氏はあきれ顔で、

「まあ猫にいたずらすんなって言う方が無茶か……」

 と、そう言って笑った。

 俺たちがボロボロにしたジャケットを、オーヤマ氏はしばし見つめて、

「――まあ、古着屋で買ったやつだし……あ」

 と、そう呟いて着てみた。退廃的な衣装、みたいに見える。

「ありがとうな、ヤスハル、マスタツ」と、オーヤマ氏は手のひら返しをしてきた。

 その日、バンド仲間の三村さんがやってきた。二人でテイクアウトの親子丼を食べながら、

「というわけで、衣装の上半分はどうにかなった」

 と、オーヤマ氏は言った。

「で、下半分はどうすんだ」

「とりあえず衣装のゴスロリのやつ、売っちゃおうと思う」

「思い切ったな。マジで女形辞めちゃうんだな」

「おう。あの衣裳、一応ブランドのついてるやつだから、型こそ古いけどそこそこの値段で売れると思うんだわ。その代金で古着屋を漁ってみようと思う」

「……俺は応援するぜ、チカ」

「おうよ。ミム、お前はどうする?」

「まあ普通にいつもの衣裳でいくよ。ライブ、楽しみだな」

「おう」二人は親子丼をやっつけて、機材を担いでどこかに消えた。どうやら貸しスタジオみたいなところで練習するらしい。

 意外とちゃんと頑張ってるじゃないの。

 そして問題は、城岡先生がヴィジュアル系に興味があるか、ということである。

 さらに問題は、俺たちが健康すぎて城岡先生のお世話になる機会がない、ということである。

「マスタツ、これは提案、というかお願いなんだが」

「なんだよ」

「ちょっと食欲不振のフリをしてくれないか」

「いやだよ! 腹減ったら食べなきゃ死んじまう!」

「でも俺の食欲不振は気の持ちようだってばれてんだよ。マスタツ、お前は猫頭の女神さまに頼まれたことを忘れたのか。俺たちはオーヤマ氏に伴侶と家庭を与えなきゃいけないんだぞ」

「あんなの信じるなってシロさんが言ってたぞ」

「分かる。分かるよ、シロさんは賢そうだし優しそうだ。だがシロさんは所詮野良猫だ、飼い猫に与えられた崇高な任務を理解していない」

「……わーったよ。やるよ。その代わりお前の皿からバレない程度もらうからな」

 というわけで、マスタツの食欲不振の芝居が始まった。スタジオから帰ってきたオーヤマ氏に、マスタツは飛んでいってすりすりした。胡散臭いくらい甘えている。

「お、おう、よしよし。ヤスハルも来い、カマボコやるぞ」

 おお、カマボコだ。俺もご機嫌さんでオーヤマ氏に駆け寄った。手からカマボコを食べさせてもらう。キャットフードよりかはだいぶマシな味だ。

「腹減ってたのか? じゃあいつものご飯やろうな」

 オーヤマ氏は俺たちの食器を洗い、新しいキャットフードと水を用意してくれた。

 そこから三日間、マスタツはオーヤマ氏の手からしかキャットフードを食べないフリをした。実際は俺の残したキャットフードを、オーヤマ氏のいない隙にかりぽり食べていたのだが。

 しかしそういう作戦のせいで俺まで腹が減った。腹が減っては動く元気もない。

「……二匹まとめて城岡先生に診てもらうか」三日目の夜、オーヤマ氏は俺たちをキャリーバッグに入れてアパートを出た。しろおか動物病院はわりと近くにある。

 行くといつぞやのちいくんが予防接種でいやいやえんをしていた。でかいので動かすのが大変だ。それでも予防接種のあとジャーキーをもらって、ちいくんと飼い主のヤのつく自由業のひとは帰っていった。もちろん俺たちを見て「可愛いでちゅねえ」と言っていった。

「はーいオーヤマさんどうぞー」と、城岡先生。

「あの、二匹とも食欲不振で、なんだか元気がなくて。いつぞやみたいに手からは食べるんですけど」オーヤマ氏は俺たちについてそう説明した。俺とマスタツは、城岡先生に思い切り甘えてみることにした。頭をすりすりし、腕にしっぽを絡めてみる。

「なんでしょうねえ……ふだんってどんな感じですか? だれか家にいます?」

「もしかして自分が忙しいから寂しいんスかね」

「それはあるかもしれないですね。お仕事はなにを?」おお、イイ感じになってきたぞ!

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