4 女神
頭の中に、「NNN」という言葉が浮かんできて、なんのことか分からなくて宇宙猫になってしまった。猫だけに。
NNN。いわゆる「ねこねこネットワーク」というやつだろうか。猫を必要としているところに工作員である猫が送り込まれるという。
俺ってNNNの工作員だったのかぁ。
そう思ったところで眠気に勝てずこてんと寝てしまった。
――夢をみた。猫になった後では珍しく、えらくはっきりした夢だった。
巨大な三角形――いわゆるピラミッドの前に、俺とマスタツが座っている。その真正面に、小学生向けの古代エジプト文明の本に出てきた猫頭の女神さまが立っている。
「ヤスハル、マスタツ」
女神さまはそう言い、俺たちの頭を撫でた。
「お前たちは、オーヤマ氏を幸せにするためにオーヤマ氏のところに遣わされました。オーヤマ氏の幸せというのは、あたたかい家族を手にすること。そのために、一所懸命に励みなさい」
「あ、あの、女神さま。オーヤマ氏は有名人になって金持ちになって、獣医さんと結婚したいと思っているのですが」
俺がそう言うと、女神さまは両腕をすっと広げた。なにやら画面が出てきた。動画が始まる。ピタゴラスイッチのテレビのジョンかよ。
「――オーヤマ氏、本名大山親康。彼はとある田舎町の、建設会社の社長の長男として生まれました」
ほえー。それなら建設業継いだほうがよかったのに。
「しかし、親に些細なことを罵倒され続けたせいで、学校の成績は悪く、それを罵倒され、を繰り返した結果、幸せな子供時代とは言い難い子供時代を過ごしたのです」
いわゆる毒親というやつだろうか。とにかくオーヤマ氏が悲しい子供だったのは間違いない。それでグレてしまったのだろうか。
「父親の卒業した名門高校に入るよう強制され、高校生になる前に浪人し、なんとか入学できたもののいじめのターゲットになり……ティーンエイジャー時代もまさに地獄でした。そんな彼がよすがにしたものが、ギターとヴィジュアルバンドだったのです」
はあ。
「彼はどんどんバンドに傾倒しましたが、父親にギターを壊され、男が楽器なんておかしいと怒鳴られました」
女神さまは悲しい声で言った。
「彼は部活と嘘をついてやっていたアルバイトの賃金を握りしめて、あなたたちの暮らす街に流れ着き、中華料理屋や惣菜屋のアルバイトをしながらなんとか食いつなぎ、楽器を手に入れました」
なかなか壮絶な人生である。
「そこで、たまたま流しの活動をしていた相棒・三村有と出会いました」
画面に映し出されたのはオーヤマ氏の相棒のバンドマンだ。
「二人で、なんとか働いて手に入れた古いスマホを使って、YouTubeでオリジナル楽曲を発表したりカバー曲を配信したりして、どうにか収益化にこぎつけました。それでも食べていくのは厳しくて、相変わらず中華料理屋と惣菜屋を掛け持ちで働いています」
そうだったのか……。
じゃあなんで俺たちみたいな金のかかるものを引き取ったのだろうか。
「寂しかったのです」
「寂しかった」マスタツがうるうるの目で言うが、しかしそれは猫を飼う動機としては最悪のやつじゃないのか。そこを突っ込むと女神さまは、
「NNNは飼えない人間のところには工作員を送り込みません。オーヤマ氏があなたがたを飼うことができることを計算に入れたうえで、あなたがたを送り込みました。ちゃおちゅーるは出てこないかもしれませんが、それでもあなたがたは幸せに暮らせるはずです」
と、ドヤ顔で言ってきた。いやそんなドヤられても。
「オーヤマ氏に必要なのは、幸福な家庭です。少々貧乏でも猫を二匹世話できて、やさしいお嫁さんとかわいい子供がいる、そういう家庭です」
そんなことを言われたって俺たちはただの猫だ。女神さまは俺がそう思ったのを読み取って、
「我々NNNの格言で『ねこはカスガイ』というものがあります。招き猫だってそうでしょう、あなたがたはオーヤマ氏にたくさんの縁を結ぶことができます」
はあ……。俺たちは招き猫のような縁起物ではないのだが……。
「さあ、起きてキャットフードを食べなさい。あなたたちが健康に過ごすことが、まずはオーヤマ氏を幸せにするでしょう」
「ちょ、ちょっと待った。オーヤマ氏、俺たちがなにか面白いことをしても気づかないんスよ。どうすりゃいいんですか」
「そこは自分で考えなさい。二匹いるんだから」
女神さまはぞんざいにそう言って消えてしまった。ぱちりと目が開く。お腹ぺこぺこだ。
起きてきてキャットフードを食べる。おいしくない。
オーヤマ氏はその様子を撮影していて、俺たちがうみゃうみゃーとキャットフードを食べているのをぼんやりと映像にしている。それをどこかにUPして、俺たちに、
「ちょっと出かけてくる。いい子にしてろよ」
と声をかけて出かけてしまった。
俺たちは作戦会議をすることにした。
「俺たちが面白いことをしているのに気付かせる必要があるな」と、マスタツ。
「おう。人間のマネとか、ムーンウォークとか……」
「むーんうぉーく?」
「ホワッツマ●ケルって漫画の話だ。冗談だよ。とにかくなんとか気付いてもらう方法はないものか」俺はため息をついた。猫というのはよくため息をつく生き物である。
「あ、じゃあどっちかが面白いことして、もう一方がそれをオーヤマ氏に教えるとか」
マスタツの、お前ももともと人間だったんんじゃないのか、というアイディアに、俺は手を打つかわりに耳のあたりをなめてやった。マスタツはくすぐったそうな顔をして、俺の頭をなめてきた。
これ、はやいとこキ●タマ取らないと、ただのボーイズラブになるぞ。
ふたりでしばらくペロペロして、それからキャットフードを食べて、水を飲んで寝た。起きたらオーヤマ氏が帰ってきていた。
「ただいま。お前らすごいな、出る前のやつめっちゃ伸びたぞ」
と、SNSの画面を見せられた。俺たちがうみゃうみゃ言いながらキャットフードを食べてるやつだ。三十リツイート、三百いいね。ギリバズりかけといった感じ。
百いいねを超えたら宣伝していいという習わし通り、オーヤマ氏はYouTubeチャンネルのリンクを貼っていた。こっちはぜんぜん伸びていない。
さっそく、考えた作戦を実行することにした。オーヤマ氏は、惣菜屋のアルバイトでもらってきたらしい売れ残りのピーマンの肉詰めをつつきながら米の飯をカッ食らっている。
「うにゃにゃー」
俺は人間だったころの体の動かし方を必死で思い出して、くるくると踊った。その様はまさにホ●ッツマイケルである。それを、マスタツがオーヤマ氏のスマホをばんばん叩いてアピールする。
さすがにオーヤマ氏も気づいた。びっくり顔で俺が踊っているのを録画している。
「ど、どうしたヤスハル。虫でもいるのか?」
「にゃあー」
じゅうぶん踊る動画を撮れたあたりで踊るのをやめた。めちゃめちゃ疲れた。ぐったり寝て、気がついたら夜中になっていた。オーヤマ氏はギターの練習をしている。
楽●市場の入門セットみたいなちゃちいギターとアンプ、見るからに安そうなヘッドホン。これで天下が獲れるとはちょっと思えない。水をぺちょぺちょ飲んで、俺はまた寝ることにした。
翌朝、オーヤマ氏はなにやら動画の編集作業をしていた。なんと俺のダンスに、自分でギターのメロディを合わせたものだ。音量はほどほどなのでふつうに聴く。けっこう上手い。
「よし。お前たちもギターの腕前も宣伝できるすごい動画ができたぞ」
それをYouTubeにUPしたらしい。反応が楽しみで、俺たちはヒゲを膨らませた。
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