第7話 Real feeling 〜①
「あ!田村さん、こっちこっち」
ザワザワとしている校舎で人混みをかきわけ歩いているところへ元気な声が響く。
少し離れたところから青葉さんが手を振るのが見えて、なんだか待ち合わせをしていたみたいで嬉しい。
体育祭の後からすぐに夏休みに入った事もあり、なるべく父と顔を合わせないように図書館やカフェで時間を潰す毎日だったから、私は今日の事は特別楽しみにしていたのだ。
(青葉さんも今日が楽しみだったのならいいな)
そう思いながら彼女のいる場所へと急いだ。
七月最後の土曜日は毎年オープンキャンパスが開かれる。
まずはじめに体育館で学校説明と入試概要の説明やコース紹介などが行われ、その後に個別相談会と校内見学とにわかれることになっていた。
オープンキャンパスを手伝う生徒はほとんどが一年生で、受験を控えた三年生はごくわずか。そんな数少ない三年生である私と青葉さんは、校内見学に申し込んでいる人に集合時間が書かれた整理券を渡す係を共に任される事になった。
相談会に参加する学生は保護者と来ている事が多く、見学は友達同士で申し込んでいる生徒が多い。
自分の時は見学にのみ申し込みをしていて、母親と一緒に校内をまわったことを思い出す。
説明を受けながら懐かしそうに校舎を見ている母をもっと喜ばせたくて、その日から私は更に集中して勉強し合格を確実なものにした。
今日手伝いをしている事で、忘れかけていたそんな思い出が蘇ってくるのがとても嬉しい。
あの日説明してくれた教師は翌年定年を迎えて退職し、応援し続けてくれた母ももういない。
それでもかけがいのない人に出会えたのはこの学校に来たからで、私はここに入学出来た事に感謝している。
「今日の手伝い、田村さんはなんでメンバーになったの?私は完全に内申点稼ぎなんだけど」
「私?私は三年生の手伝い要員が不足してるからやってくれないか、って頼まれたから…かな」
(頼んできた張本人からはなんのも連絡も無いけどね)
そう言いたかったけどそれは言えない。
森永先生から何かしらの忠告があったのか、青島先生からは体育祭以降一度も連絡がきていなかった。
先生はこれからどうするつもりなのか、私はどうしたら良いのかわからない。ただ、あの日の森永先生の言葉は棘のように私の心に残っていた。
「田村さんは夏休み集中講座は受講してないんだっけ」
「そう。志望校を変えたから自分でなんとか出来そうかな、って。青葉さんは?」
「私は家庭教師の先生に教えて貰ってるんだ。実は、彼氏なの」
照れながらも幸せそうに話す青葉さんを見ていると自分もドキドキしてしまう。
もう少し詳しく聞いてみたかったけれど、ちょうど体育館での説明が終わり、中にいた人たちがゾロゾロと出てきたのでここで話を終えた。
グループ毎の退出の為さほど混雑はしていないが、私たちのいる見学受付の前にはいつの間にかある程度の列が出来ている。
「間違えて渡さないように集中しなきゃ」
青葉さんの言葉に自分も気を引き締めてスタンバイをした。
オープンキャンパスに参加する中学生の服装は制服でも私服でも良いのだが、ほとんどの学生たちは制服を着用してきている。
そのせいもあってどことなく皆緊張しているように見えたが、私にはそれをほぐしてあげられるような気の利いた言葉が言えない。
青葉さんが「あまり緊張しないでね」とか「購買で買える日替わりパンが美味しいよ」だとか、優しく声をかけてくれる事がとても助かった。
午前中で役割を終えた私たちは、学校で昼食を食べてから帰ることにした。
いつもは自分で作ったお弁当を食べているけれど、今日は何も持ってきていなかったので青葉さんがおススメしていた日替わりパンを買ってみる。
学校のすぐ近くにも店舗のある人気のパン屋らしく、お土産に購入している親子の姿もあった。
「青葉さんのトークがきっかけで買ってる人もいるんじゃない?」
そう声をかけると彼女は嬉しそうな顔をして「将来ここで働くのもアリかもね」と言った。
確かに青葉さんは接客の仕事も似合いそうだと話したら「冗談だよ〜。田村さんってほんと、素直で可愛い」と笑った。
三年生の教室のある三階校舎は静まり返っていて普段の様子とは全く違っている。
教室には私たちしかいなくて、心置きなく青葉さんの恋愛トークを聞く事が出来た。
すっかり打ち解けた私たちが、お互いに名前で呼び合おうという話になって「澪ちゃん」「結衣ちゃん」と照れ合いながら練習している姿はなかなかシュールだったと思う。
夏休み中に泊まりに行くという約束をして、今日は解散となった。
憂鬱な休みも、一つの予定が入るだけでこんなに気分が変わるものなのか。
嬉しい気持ちを抱えながら学校を出たちょうどその時、ポケットの中のスマホが震えるのがわかった。
『もしまだ学校にいたら、準備室まで来て欲しい』
要件だけの完結なメッセージ。
それは青島先生からの久しぶりの連絡だった。
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