第6話 Friend 〜③
グラウンドにほど近い校舎の壁脇にある仮設の喫煙所。
まわりに生徒たちの姿はない。
紺色のジャージを着た後ろ姿がゆらりと動くのが見えて、青島先生がそこに居ると思い込んだ私はようやく会えた喜びを抱えて走り寄った。
「先せ…」
慌てて言葉を止める。
(うわ……森永先生だ)
青島先生が着ていたものに似ていると思ったジャージとはメーカーが違う。そこまでよく見ていなかった事を悔やんだ。
「何、その嫌そうな顔」
そう言った森永先生の方が余程不機嫌そうで思わず言い訳をする。
「いや別に…嫌とかそういうわけでは……」
「田村さん、だったよね?青島先生によくちょっかいかけてる三年生」
含みのある言い方が気になったけれど面倒事は避けたい。返事をしないまますぐに立ち去ろうとした。
「へぇ、意外と気が強い感じ?」
言動がいちいち癇に障る。
一年間、それも二週に一度の選択授業で教わっただけの大して話したことも無い先生だがやっぱり苦手だ。
「……なんですか?私別に、森永先生に用事ないんで」
「青島先生だと思ったんだろ」
(なにこの人……)思わず睨むように見てしまう。
何故この教師が生徒に人気があるのか私には全く理解出来ない。
人それぞれ好みというものがあるからそれは別に構わないけれど、とにかく相性が悪いのだと思う。
馬鹿にされたく無い気持ちと極力関わりたくない気持ちからテストでつまらないミスをしないよう気をつけていたら、倫理の成績がほぼ毎回満点になっていたくらいに意識していたのは確かだ。
「それがあなたに何か関係ありますか」
「ちょうどいい機会だから言うけど、青島先生と距離置いてくれないかな」
そんな事、賛同出来る筈も無い。
「どうしてそんな事を私に?」
「どうにも振り回されてる気がするんだよね、青島先生が」
少しの沈黙の後、先生が煙草を灰皿に強く押し付けると煙が風に流れた。
「田村さんはさ、凄く綺麗だし頭もいいし…これから先、青島先生じゃなくても沢山似合いの相手がいるでしょう?」
「どういう意味かわかりません」
「まぁ田村さんがもう誕生日を迎えているのだとしたら、厳密には諸々の条例には引っかからないのは事実なんだけだ。だとしても君はここの学生で、青島は教師だ。それがどういう事かわからないわけじゃないだろ」
「それが森永先生に何の関係が」
「青島にとって危険でしか無いんだよ、君は。北海道から夢を追って出てきて今ようやく教員として芽が出始めた頃だ。それがこんな事で台無しになるかもしれないなんて、同僚としても友人としても放っておけない」
言っている事は分かったし、勿論それは自分でも考えてはいた事だったけれど、第三者から一方的に言われるといい気はしない。
ましてやこの人は一体何をどこまで知っていてこの話をしているのだろう。
「邪魔を……私たちの邪魔をしないで下さい」
「君くらいの年齢の時は、憧れと恋を勘違いしがちだろうから」
「勝手に決めつけないで。私には、青島先生しかいないんです」
そう言い放ってその場を後にする。
指摘された内容にも、折角の楽しい気持ちを台無しにされた事にも腹が立っていた。
さっきの言葉を振り払うように前だけ向いて走っていたら、いつの間にか青葉さんとわかれたあたりまで戻ってきている。
ふぅ、と一息ついてから私はゆっくりと歩き始めた。
ひとり見上げた空は淡い茜色に染まっている。
昨日は穏やかな気持ちにさせてくれた美しい夕空が、今日はすっかり違って見えた。
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