第6話 Friend 〜②

全校生徒が整列を済ませたグラウンドは一瞬の静寂に包まれる。


壇上にはたった一人、道着姿の青島先生が立っていて思わず見惚れてしまった。

凛々しさと優しさの詰まった声で高々と開会を宣言し、体育祭が始まる。

「うわぁ、青島先生カッコいいねぇ。普段はホンワカしてるから余計に格好良く見える」

すぐ横で青葉さんが呟いた。

私はと言えばすっかり余韻に浸ってしまっていて、開会宣言の後に続いた校長の挨拶もほとんど耳に入っていない始末。体育会長の宣誓でようやく我に返り、皆と一緒に校歌を斉唱した。


 ***


午前中の競技は何事もなく順調に終わった。

昼食をグラウンド横のテントでとる生徒が多かったけれど、私と青葉さんは教室へ戻る事にする。

途中で何人かの生徒が先輩や後輩、先生たちと写真を撮っている場面に出くわして、私はそれを目を細めて見つめた。

「なんか青春って感じ」

今どきの女子高生そのものの青葉さんがそう言うのが可笑しくてつい笑ってしまう。

「青葉さんは、一緒に撮りたい人とかいないの?」

「私は別に写真とかはいいかな。しいて言えば森永先生とか……青島先生とか?」

ドキッとしたのを気付かれないようにして、「私もそんな感じ」と誤魔化した。

教室まで戻る間に青島先生に会えたりしないかと思ってみたけどそう上手くはいかない。

(もしかしたら昨日の保健室での事、青葉さんに見られていたかもしれないし…迂闊な行動はしない方がいいよね)

どさくさ紛れに写真を撮るというのは諦めて二人で会話を続けた。


クラスメイトと食事を取るなど初めての事でドキドキしたものの、その緊張がまた嬉しくもある。

午前中の種目で活躍していた生徒の話やこれからの進路の事を話しているうちにあっという間に時間が過ぎていく。

偶然二人とも夏休み中に行われるオープンキャンパスの手伝い要員になっている事を知って、その話をしているうちに昼休みは終わってしまった。

午後からはメイン競技のクラス対抗リレーと、選抜メンバーによる学年対抗リレーがある。

本来なら青葉さんはこの2競技共に出場予定だったが、怪我をしてしまった事でそれは叶わなかった。

「うちのクラス、他に足速い人いなかった気がする〜。まぁ、でも、そういうの抜きしても面白いよね。リレーって」

気落ちした様子は見せずに楽しそうに話す彼女の姿を見ていると自分までワクワクしてくるから不思議だ。

「さ、また応援でもしますかー」

今にも走り出しそうな勢いの彼女を宥めながら、私たちはテントに戻った。


 ***


精一杯の応援もむなしくクラス対抗リレーは最下位に終わったが、こんなに大声を出すなど今まで一度もない経験で、それだけでも相当な充実感があった。

ゴール地点では各クラスの担任や副担任が生徒たちを迎え入れていて、そこにはジャージ姿に着替えた青島先生の姿もある。

(やっぱり写真撮りたかったかも)

喜んだりガッカリしたりと我ながら忙しい。

水を一口だけ飲んで感情を追いやった。



クリーム色の光が降りそそぐグラウンドにつむじ風が駆けて砂埃が舞う。

メイン競技が始まるという高揚感に包まれる中、号砲が響いた。


視線を感じてふと横を見ると青葉さんが何か言いたそうにこちらを向いている。

キョロキョロと周りを見渡した後、「教室だと静かすぎて聞けなかったんだけど、昨日保健室で……」

彼女がそう言いかけた時、空気が震える程の歓声が起こった。

ちょうどトップを走っていた三年生を一年生が抜いたところで、私たちのいるテントでも皆立ち上がって競技に見入っている。

そのまま一年生が二、三年生を突き放した状態で第三走者へと繋がれた。

「あっこちゃん!私の代わりに走ってくれてるの」

ここはもともと青葉さんが走る筈だったゾーンだ。

あっこちゃん。青葉さんにそう呼ばれた彼女の事は今まで知らなかったけれど、グングンと速度を上げて先頭に食らいつくのを見ると声援にも力が入る。

「あっこちゃーん!抜けるよ!頑張って!!」

こんなに小柄な彼女のどこにそんな力があるのかと思うくらい、青葉さんは声を張り上げて叫ぶ。

実際、あっこちゃんの追い上げは凄まじく、ほぼ同じタイミングでバトンがアンカーへと渡った。

走り終えたあっこちゃんがテントに向けてグッドサインをしてくれたのが見えて、私たちは手をあわせて喜びあった。

アンカーを務めた隣のクラスの男子が最後の最後でスパートをかけて三年生がそのままゴールし、一年生、二年生と続く。

グラウンド全体に拍手が鳴り響く中、体育祭の全種目が終わった。



三年間の学園生活でこんなに楽しい日があっただろうか。

「じゃあ田村さん、次はオープンキャンパスで!」

そう手を振って別れた彼女の後ろ姿を眺めながら考える。

(友達……になれたのかな)

なんだかすぐに先生に報告したくなって、私はまたグラウンドに戻る。

丸椅子と灰皿だけが置かれた仮設の喫煙所。お昼休みに教室へ戻るときにこの喫煙所を見つけた時から、青島先生はきっとここを利用するだろうと思っていたのだ。

下校する大勢の生徒とすれ違いながら、私は彼の姿を探したー

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