第4話 Sign 〜④

2人で迎えた朝はとても晴れやかだった。

カーテンの隙間から柔らかな陽射しがさし込む。昨夜までの雨はあがり、夏の始まりを纏った穏やかな光が部屋に広がる。

「おはよう」の言葉と一緒にくれたキスがくすぐったくて、思わず顔を隠してしまった。

先生も少しだけ照れ臭そうに笑ってから薄手のシャツを手渡してくれる。

「澪が着るとそんなに大きく見えるんだね」

驚いたようなその表情がなんだか可愛くて、心が温かくなった。



ちょうどいい焼き加減のハムエッグとクロワッサン。

挽きたての珈琲の香りが、母のいた頃の朝を思い出させる。

先生が作ってくれた朝食は、先生みたいにすごく優しい。

「美味しい!先生ありがとう」

「いつもはこんなにちゃんとしてないけど…澪はもっとちゃんと食べた方がいいと思う」

「毎日先生と一緒だったらきっとちゃんと食べるよ」

「そうかぁ…。ねぇ、澪。これからの事なんだけど…今日は土曜日だから時間はたっぷりあるし、食事が終わったらちょっとゆっくり話そうか」

その言葉に一瞬身構えてしまったけれど、先生のいつも通りの声色に心はすぐに落ち着いた。



「ちゃんと伝えた事は無かったと思うけど、僕は澪がとても大事で、これから先も一緒の時間を過ごしていきたいと思ってる」

「それは、先生が私と付き合ってくれるっていう事?」

「そうだね。澪、僕とお付き合いして下さい」

真剣な眼差しでそう言われて嬉しくないはずも無く、喜びと感動でカップを持つ指が震えた。

「そこで、なんだけど…澪をお父さんから守ってあげたいんだ。お母さんの両親に連絡を取る事は出来ないかな」

思いがけない話ですぐに答える事が出来ない。

頭の中がまとまらないまま、先生に今の状況を話してみる事にした。

「お母さんが死んじゃってから、おじいちゃんもおばあちゃんも家には来てなくて…多分あの人が何か言って来られなくしたんだと思うけど。おばあちゃんならたまに、本当にたまに、電話とかメールでやり取りをしてるよ」

「一度会って話がしたい。日常的に父親から暴力を受けている事、そして僕との事も話をしないといけないと思うんだ」

「先生との事って…話しちゃってもいいの?」

「僕の気持ちは固まってるから。勿論、許して貰えないかも知れないとは思ってるし、反対される事も覚悟してる。学校での問題も沢山あるだろうけど、まずは澪の家族に話がしたいんだ。澪はそれでも大丈夫?」

「私はそれでいいよ。おばあちゃんは…おじいちゃんも、私がどんなに先生の事が好きで先生に救われてきたかを分かれば納得してくれると思う。学校にはバレたくないけどね。先生、仕事無くなっちゃうよ」

「あはは、そうだね。それに澪の居場所がこれ以上奪われて欲しく無いからそこは僕も気をつける」

この一年は先生に会えるというだけで学校に向かう足取りは軽くなっていたし、おはようの挨拶をするクラスメイトも出来た。

それはほんの数人だけど、それだけでも随分と目に映る景色が変わったように感じる。

なるべく父と顔を合わせないようにと気を張りながら部屋に篭っている時間よりも、それはずっと大切なものになっていた。



私たちはそれからまた、ふわふわするような甘い時間を過ごす。

いけない事だとは思ったけど、我儘を言って先生の家に泊まった。

父には友達の家に泊まるとメールを入れたけど返信は無い。

2人の時間を邪魔されなくて良かったと思う事にして、幸せな時間を愉しんだ。



先生がくれる口付けが身体に残るアザを上書きして、生まれ変わったような気分になる。

その痕はまるで先生のものだという印みたいで、私はそれを指でなぞった。

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