第4話 Sign 〜③

思い切り泣いた後は、急に恥ずかしくなって先生の顔がまともに見られない。


雨の夜を走る音

スピーカーから流れる歌声

それらがただ車の中に満ちていた。


「今日…帰りたくないな」

もう一度口に出して言ってみる。

先生はうん、と優しい声で答えてから頭をそっと撫でてくれた。


今日までの長い間ずっと泣けなかったのが噓みたいに、ようやく止まった涙がまた溢れ出す。

「あぁ…なんかもう、涙が止まらなくなっちゃった」

「泣いていいよ。ずっと、我慢してきたんだから」

「またそうやって、先生はすぐ私を甘やかす」

「澪に甘えられるなら本望だから」

(あぁ、なんでこの人はこうやって欲しい言葉をくれるかな)

大切にしてくれている事が感じられる嬉しさと、先生を想う愛しさが胸からこぼれ落ちそうだ。

心がふわふわしているうちに見慣れない駐車場で車が停まった。


「こんな所で申し訳ないけど」

「もしかしてここって…先生の住んでるマンション?」

「そう。特別お洒落でも立派でもないからちょっと照れるけど。ここなら一目も気にしないで澪と明日まで過ごせるかなって」

「嬉しい!一緒にいられるのもそうだし、先生の家に来れるなんて本当に幸せだよ」

エレベーターに乗る時に繋いでくれた手が温かくてドキドキしてしまう。

部屋に着くまでの長いようで短い不思議な時間を先生はどう感じているのだろうか。

触れ合う指先に力を込めるとギュッと握り返してくれて、私はまた泣きそうになってしまった。



先生の部屋は黒と青が基調になっている落ち着いた雰囲気でとても居心地が良い。

少しだけ残る煙草の匂いも、着替えるのに貸してくれたTシャツの香りも、先生に包まれているみたいで安心出来た。


2人並んでソファーに座り映画を観て、互いに感想を言い合ったりしている内にあっという間に時間が過ぎて行く。


「先生はね…私にとっての光なんだ。強くて、優しくて、眩しいくらい。でも…」

「でも?」

先生は体勢を変えて覗き込むように私を見つめる。

「私といると…曇っちゃうでしょう?」

「僕はそんなに綺麗な人間じゃないよ。それに、澪を救えないなら僕は光なんかじゃなくていい。一緒に暗闇にいこう」

「先生、私を…」

(抱いて欲しい)そう言いかけて言葉に詰まってしまった。

壊れてしまいそうなものに触れるみたいに、先生の優しい手が私の頬を撫でる。

「澪の言いたい事ならわかる。いや、わかりたいと思っているだけなのかもしれないけど」


綺麗な薄茶色の瞳から目が離せない。

私たちはしばらく見つめ合ってからキスをした。



先生が私の身体に残るアザに唇を寄せる。

いつだってそれは儀式みたいで、清らかな気分になれた。

全てのアザにゆっくりと口付けをしてから「本当に、いいの?」と問いかける。

「先生となら、いいよ」

身体を重ね合わせてひとつになれる喜び。

初めての痛みすらもまるで感じなかった。

2人お揃いのペンダントが小さくカチリとぶつかる音が聞こえて私は余計に嬉しくなる。

首をつたう汗も熱をはらんだその息遣いも、その全てが愛おしくて幸せだ。

心も身体も繋がり合えたこの日の事を、一生忘れないと誓った。



広い胸に抱かれて眠りに落ちる。

深い深い 海の底に沈んでいくみたいにー

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