第16話白拍子、人斬りと決闘する
果し合いの前日。
まつりは一振りの刀を眺めていた。
白銀の金具で周りをぐるりと巻いた特徴のある鞘作り――白鞘巻。
鍔はなく刀の長さは短い。しかしそれらは少女であるまつりが扱いやすいとも言えた。刀が長いと振るのに時間がかかる。重さも同じことが言えた。興江はあくまでもまつりの素早さを邪魔しない刀を考案し打ったのだ。
「白拍子が白鞘巻の刀を用いたってのは、近所の物知りのご隠居から聞いたんだ」
まつりの後ろで興江は説明した。
「だから、お前のための刀とも言える」
「……素晴らしいですね。私は興江殿を信頼していました。でもここまでの傑作を産んでくださるとは思いませんでした」
「だろうな。俺だって二度は無理だ。生涯に一本打てるかどうかの作品だよ」
まつりは刀掛けに置かれた刀を手に取った。
しっくりと手に馴染む。まるで生まれてからずっと一緒にいたような不思議な感覚。
「銘は『白拍子』にしたよ。それ以外に名付けられなかった」
「……興江殿。私は、あの人斬りを斬るつもりです」
すらりと刀を抜く――数珠刃の刃紋。
まつりは納めてから、立って腰に刀を差す。
いつもの水干と烏帽子によく似合っていて、興江は足りなかったものが埋まったような気がした。
「ことさんのためではなく、私が前に進むために斬るのです」
「お前が前に進む?」
「大切な友人を殺されたのに、いつも通りの生活になんて戻れません」
まつりの決意と覚悟は興江に伝わっていた。少女には重すぎるほどで、興江はできることなら代わってやりたいくらいだった。
だけどもう、自分には止められないと興江はまつりを見る。この一か月の間、まつりは苦しんだだろう。人を殺すことの罪深さをよく考えて、本当に殺せるのか自問自答しただろう。
だから興江は何も言わない。
やめておけとか、考え直せなんて言わない。
自分も共犯になると分かっていても――止めない。
「――無事を祈っている」
それしか言えない自分が情けないと興江は顔をしかめた。
まつりは暗い雰囲気を払拭するように「ありがとうございます!」と元気よく応じた。
「必ず、生きて帰りますから!」
◆◇◆◇
そして翌日。
刻限は夕暮れ時。
まつりは指定した森の拓けた場所で人斬り――乃村征士郎を待っていた。
緊張で身体が動けなくなる――大丈夫、少し動けば身体がほぐれる。
手を握ったり開いたりして――落ち着かせていると「やはり来ていたか」と声が響いた。
目の前に陰気な男、乃村征士郎がゆっくりと近づいてきた。
「当然でしょう。いろいろとお膳立てしましたから」
「この前と会ったときよりも気迫が違うな。お前さん――俺を本当に殺す気なんだな」
ざああと木々が風に吹かれる。
征士郎から立ち上る殺気で小鳥や小動物が逃げ出す。
「ええ。あなたは私の友人を殺しましたから。まさか……人を殺しておいて……自分は殺されないとでも、思っていたんですか?」
「ふふふ。思っちゃいないさ。だから俺はあの女を斬ったんだ」
意味が分からないことを征士郎は言う。
しかしまつりは分かっているようで「なるほど、やはりそうだったんですね」と無表情で言う。
「ことさんを斬ったのは、私と戦うためだったんですね」
「なんだ。気づいていたのか」
「一か月、考える時間がありましたから。でも、そうであってほしくないと思っていました」
ことがまつりを本気にさせるために斬られたのなら。
彼女が死んだ原因の一端を担う気がしたからだ。
いや、現にまつりのせいで死んだとも言える。
「好奇心で訊ねるが――気づいたときどう思った?」
「ますますあなたを殺してやりたいと思いました」
「ふふふ。いいなあ。その純粋な殺意は。ぞくぞくするな」
「あなたは死にたいから私と戦うんですか?」
まつりは無表情のまま、征士郎に刺々しい言い方で問う。
「いいや。俺は死にたくないね。ただ必死になって俺を殺そうとする者を殺すことを目的としている。それが――とても愉快で楽しいんだ」
「……あなた、狂っていますよ」
征士郎は喉奥で笑いながら「かもな」と言う。
「退屈な太平の世より、戦国乱世に産まれたかったぜ」
「それは叶いませんね。あなたはここで死ぬんです。太平の世で非道な行ないをした外道としてね」
まつりは「もういいでしょう」と刀に手をかけた。
征士郎も応じるように頷いた。
「これ以上の問答は無用です――戦いましょう」
「ああ、そうだな。楽しい楽しい殺し合いを――始めよう」
二人は同時に刀を抜いた。
きらりと光る刀身。
漂う殺気と張り詰めた空気。
「最後の白拍子――参ります」
「ただの人斬り――かかってこい」
まず先手を打ったのは――まつりだった。
征士郎との距離を一気に詰める。彼が刀を構えていることなど、取るに足らないと言わんばかりに――無造作に右手に持った刀で斬りつける。
征士郎は避けることもできたし反撃もできた。
しかしすぐに終わってしまうのをもったいないと感じた――それこそがまつりの狙いだ。
袈裟切りを放ったまつりの刀を受けてみるかと、刀を斜めに構えた。
鋭い金属音。刀と刀がぶつかった。まつりは素早くその場から退く。鍔迫り合いとなったら、体格の小さい彼女が不利だ。また鍔がついていないことから、受け太刀も向かない。
興江は鍔を付けないことでまつりを不利にした――それは正しくない。
力勝負を初めから捨てさせたこと、行動を狭めたことで、まつりの力を十二分に引き出すのが目的だった。
事実、まつりが素早く退いたことで征士郎は追撃できなかった。てっきり鍔迫り合いとなると勘違いしたのだ。彼は人斬りだが無外流の一派の道場の出身である。だからどうしても道場の動きが出てしまう。それをまつりは赤松との会話で知っていた。
まつりは一か月という期間を漫然と過ごしていたわけではない。
征士郎が行なうことや自分にできることを必死になって考えた。
想定していた動きに対応できるように鍛えたのだ。
一方の征士郎は先ほどのまつりの動きを高く評価していた。
予測や予想を繰り返し行なった――いわゆる稽古をしてきたのだと分かる。
殺し合いなのに身体が強張っていない。
だが――それがなんだというのだろうか。
「きしゃあああああ!」
「――っ!?」
下からすくい上げるような斬撃。
まつりはよけきれずに腹部を斬られる。
皮一枚だけ斬られたが血が滲む。
征士郎はまつりよりも背が高い。ゆえに腕の長さも力の強さも異なる。
いや、そんなことがどうでもよくなるくらい、単純に強かった。
刀を使わない徒手空拳でもまつりとの実力は開いていた。
小細工をしようが、狡い企みをしようが、関係ない。
技術や考え方すら勝っている。
だからゆっくりと楽しんでから殺そうと考えている。
それは油断でも慢心でもなく、圧倒的強者からくる遊び心だった。
「どうした? 仇を討つのではなかったのか?」
「……まだ勝負は始まったばかりです」
まつりは深呼吸して「これは使いたくなかったのですが」と呟く。
「剣術はあまり得意ではないですし、致し方ありません」
「何を言い訳している?」
「これから、一曲舞わせていただきます」
そこでまつりは不思議な構えをした。
刀を垂直にし、顔の前で持つ。
腰を落として左手を後ろに伸ばし、右足を前、左足を後ろに引く。
空気が変わったと征士郎は気づいた。
「ほう。面白くなってきたな。だが――」
「――俺には敵わないとおっしゃりたいのでしたら、大きな間違いです」
まつりは真剣な面持ちのまま、征士郎に告げる。
「あなたはもう、手も足も出ませんよ――」
まつりは奇妙な構えのまま、歌うように舞の名を唱えた。
「――別れ尽くし」
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