第26話
こんこん。
あの馬車を見た日の翌々日、私はアリシアの部屋の扉を叩きました。
「何よ!」
ずいぶん苛々している様子です。
私は例の少年の格好をしていました。
「実はうちのアダムズじいちゃんが、奥様を落とそうとした奴を見たのを思い出したって……」
「何ですって!?」
アリシアは髪が逆立ちそうな勢いで私/アダムズの孫に尋ねます。
「誰だって言うのよ誰だって」
そう言いながら、アリシアは私の胸ぐらに掴みかかり、揺さぶります。
何って力でしょう。
帽子がぽろりと落ちました。
途端、私の長い髪がふわりと広がりました。
「ちょ…… あんた、マニュレット!」
私はすぐさま彼女に背を向けます。
逆上した彼女は、誰に頼むでもなく、私を追いかけてきます。
彼女の部屋は、現在使用人が何かと世話をしなくてはならない両親とは逆側にあります。
走り出したところで、人気は少ないのです。
そして私はこの館を熟知しています。
私の目的は、ただ一つです。
アリシアはどたどた、ととても淑女とは思えない動きで私を追いかけてきます。
階段を駆け下り、使用人の前を駆け抜け、そして厨房のある半地下に近い辺りの壁に私を追い詰めた――
はずでした。
彼女は私に飛びかかります。
そこで私は隠し扉を開け、彼女を押し込みました。
背中で扉を押し、そのまま鍵を掛けます。
そこは、あの缶入りショートブレッドや、瓶入りの水や炭酸水、そしてワインが幾らか保存してある小部屋でした。
この部屋の梯子は一旦天井裏に引き上げておきました。
窓は明かり取りに一つ。
彼女には決して届きません。
もし届いたとしても、そこから出られる程大きくもありません。
ええ、要するに私はこの部屋に彼女を閉じ込めたのです。
自分で考えて、胸糞悪いと思いました。
大体の計画は八年の間に、色んな部屋を使いながら考えてきたものでした。
特に幽霊は、大きくならないとできないなあ、と思いながら。
私は再び帽子をかぶると、悠々と外に出ました。
そして悶々とした気持ちで庭園の手伝いをします。
「何か辛そうですな」
「気持ちいいものではないの。でも一昨日、あの子が銀貨を投げた時、やっぱりこの方法にしようと思ったわ」
そう。
幾つも幾つもこの家の作りを使って復讐する方法を考えてきました。
それも、証拠を残さずにできるだけ精神を痛めつける方向のものです。
身体を傷つける方向だったら、簡単です。
彼等を事故に見せかけて殺すことですら難しくはありません。
でもそれでは意味がありません。
いつかこの家を出ていってもらう日に、何で自分がこんな目にあったのか、と腹立たしい思いを抱えていって欲しいのです。
その上で、また私に復讐を仕返す、というには心が折れる程度に。
ただそれを考えると、自分が時々嫌になるのです。
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