第27話
お母様は決して誰も憎んでいませんでした。
かと言って、父のことを愛している訳でもありませんでした。
要するに、この復讐は私の自己満足です。
そして、全てが済んだ時に、相手が立ち上がれない様に気持ちを折っておくという保険をかけたものです。
「そう自分を責めなさんな」
アダムズは私の頭を帽子の上から撫でます。
「あいつらは、いつかそうなる運命だったよ。お天道さんが見てなすったから、お嬢様の計画は成功してるんだ」
「そうね。ところでアダムズ、この庭は、公園にしたら皆が楽しめるかしら?」
*
さてそれから私は、一週間のあいだアリシアを観察し続けました。
ちなみに、彼女が居なくなった、ということが屋敷中に広がったのは、あれから二日後のことでした。
それまでどの使用人も、アリシアが居ないことに何の気も留めていなかったのです。
アリシアは社交界デビューしてからというもの、知り合った殿方達と何かと遊び歩き、時には朝帰りのこともあった様です。
ロゼマリアもまた、その様な生活で父を落とした女でしたから、幽霊騒ぎ以前までも、娘のその様な行動には大して口を挟みませんでした。
そう、この復讐には順番があるのです。
アリシアが最後なのは、両親の口を塞いでからの方が良いからです。
毎日毎日医者が来て、まず父の方の診察をしています。
基本的にはただの「かゆみを伴う皮膚炎」は、ひにち薬ですから、そろそろ良くなってくる頃です。
ですが、父が半正気になった頃には、ロゼマリアが寝付いたままになっています。
ふと気付いて「奥方はどうした?」と聞いても、皆口籠もるばかりの中、とうとう父はロゼマリアの部屋へと入っていきました。
すると、扉が開く音でざっ、とベッドヘッドへと身体を寄せる妻の姿がある訳です。
「誰、誰なの、貴方?」
「そうだ、お前の夫だよ。心配かけて済まなかった」
「いいえ違う違う、私の夫はそんな顔じゃない」
そう言って、毛布を引き被り、蓑虫の様になってしまいます。
その手首には包帯が巻かれています。
「先生!」
済まなそうな顔で、医者は首を横に振ります。
「奥様は幽霊を見たと思い込んで、そのままバルコニーから落ちそうになったんです。ですが、何かで手首が括られていて助かったのですが」
これです、とリボンを差し出した。
「これは……」
「古いものですな。よく切れなかったと思いますよ。全体重を片手首に集中させたため、手首と肩が脱臼、その上手首自体は骨折、あともう少し遅かったら手首から先が壊死しかねなかったですぞ」
「わ…… 私が知らぬ間にそんなことに…… だ、だが何で妻は、私のことが判らないんだ?」
「さて。人の心というものは闇深いもので」
医者はそう言うしかできなかった様です。
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