§2

 そして4月。一宮高校の入学式にて再会した悠志たち4人は、早速その足で吹奏楽部の顧問の元へと赴いた。が……そこで彼らを待ち受けていた現実に、佳祐と恵美は思わず我が目を疑い、項垂れていた。

「入学式の当日に入部するなんて、気合が入ってるね。その勢いで、是非あの連中に活を入れてくれ」

 はぁ……と、悠志は状況がさっぱり呑み込めず、不安げな表情を浮かべていた。由奈もやはり同様に、おかしいなぁ……? と首を傾げていた。

「顧問の先生が、変わったみたいだな」

「あぁ。それに去年は此処の吹部、県大会レベルだった筈だ。しかし……」

 そう。昨年の情報を見ると、一宮高校吹奏楽部は吹奏楽コンクールA部に出場し、地区大会を制して、続く県大会でも銀賞を獲得している、一応は陣容の整ったバンドである……筈であった。しかし、顧問の言によれば、上級生たちはすっかり堕落し、新入生に期待するところが大きいとの事だった。これはまさか……と、悠志たちは顔を見合わせ、息を呑んだ。

「先輩たちは……一体どこに居るんだ?」

「音楽室って書いてあるけど……だーれも居ないね」

 佳祐と恵美が不安に駆られながらそんな会話を交わしている中、悠志と由奈は『メッチャ既視感あるね』と苦笑いを浮かべていた。そう、これはまさに、彼らが3年前に体験した事とほぼ同じだったからである。

「……あれぇ? 君たち、1年生?」

「え、あ、はい。で、その……吹奏楽部の先輩ですか?」

「そうだけど……もしかして入部希望? だったらこっち来て、こっち! そっちは一般の音楽室、ウチの部室はこっちだよ」

「は? こ、此処じゃないんですか?」

 何故か背後から現れた上級生と思しき女子の誘導で、悠志たちは外廊下に出た。5階部分を東西に分断する形で図書室が配置されており、しかも東側のスペースには階段が無いため、この外廊下を通って向こう側へ渡るしか無いのだという。

「此処が部室兼、楽器倉庫。で、合奏は此処でやるんだよ」

「し、視聴覚室? じゃ、あっちの音楽室は!?」

「あー……あっちはね、一昨日まではウチが使ってたんだけどね。軽音に取られちゃったんだよ」

 苦笑いを浮かべながら、その上級生は語った。去年まで指導に当たっていた先任の顧問が異動となり、新たな顧問が着任したのが3日前。始業式の直後だった。しかし、その顧問が『今のままでは上を狙えない、だから大改革を実施する』と言い出し、何と全ての部員を退部扱いとした。そして、やる気のある者だけ私の所へ来るように……と告げたという。

「結局、再入部したのは私と、視聴覚室に居る8人だけ。3年生が4人、2年生が私を含めて5人の、合計9人だよ」

「……それで、音楽室を取り上げられて、こっちに追いやられた……と?」

 佳祐の質問に、上級生は苦笑いを浮かべながら応えた。まさにその通り、今の私たちは弾圧され、街を追われた先住民と同じ扱いなんだよ、と。そして、その説明を聞いた佳祐と恵美はひどく落胆した表情を浮かべ、肩を落とした。と、そこへ……

「って言うか、元々こっちが部室と楽器倉庫だったんじゃねぇか。たかがグラウンドを取られただけだよ」

「なによ、ノーテンキに。こんな机も移動できない部屋を宛がわれて、どうやって合奏やれって言うのよ」

「ステージと、その前のスペースがあるじゃん。広さは充分だし、何とかなるって」

 悠志たちの会話が聞こえたのか、視聴覚室からワラワラと上級生たちが出て来た。話し掛けて来たのは、ブレザーを着崩して肩に羽織った、豪胆な印象の男子であった。新顧問の酷な仕打ちに耐えて残留しただけの事はあって、肝は据わっているようだ。

「で? 俺らの状況を見て、どう思ったかな? 新入生の諸君は」

「ど、どうって、その……」

「かなり追い込まれてるって言うか……」

 すっかり落胆し、既に委縮してしまっていた佳祐と恵美は、やや尻込みした様子だった。然もありなん、あの名門と謳われる間宮中の吹奏楽部で、惜しくも全国大会への推薦枠に漏れはしたものの、立派に支部大会を制したエリートである彼らにとって、この惨状は見るに堪えないものであったようだ。が、しかし……

「プッ……アハハハハハ! こ、此処まで再現されると、もはやギャグでしかない!」

「ほ、ホントだね! 笑っちゃ悪いけど、でも……アハハハハ!」

 悠志と由奈は、そんな様を見て、腹を抱えて笑っていた。しかし、佳祐たちは勿論、上級生の面々も彼らの笑い声を聞いて、決して笑い事ではない、寧ろ怒るべきところではないのか……? と、唖然としていた。

「ユージお前……この惨状を見て、何で笑ってられるんだ?」

「お前が昔、俺に言ってた事だよ。誰かに用意されたプラチナチケットで全国へ行ったって、面白くも何ともないってな」

「確かにそんな事も言ったけど……これじゃ雲を掴むような話だぞ?」

 そんな悠志と佳祐の会話を聞いて、上級生たちはざわめき出した。今、全国に行くとか何とか言ってなかったか……? と。そして、その後に続いた由奈の発言が、更に上級生たちを唖然とさせた。

「私たち、これより酷い状態の吹奏楽部を立て直して、県大会レベルにまで成長したの。たった4人でそれが出来たんだから、きっと大丈夫だよ」

「雲を掴むような話だって言ってたけど、上等じゃねぇか。空の上だって、俺は目指してやるさ」

 上級生たちの存在を完全に無視して、悠志と由奈の熱弁は続いた。その様を見て、それまでは面食らっていた佳祐と恵美も、そうだ、コイツはこういう奴だったよな……と思い出し、次第に目が輝いてきた。

「やれやれ……言い出したら聞かねぇもんな、お前。いいだろ、その大風呂敷をどうやって畳むのか……見届けさせて貰うぜ」

「ケースケがやるんなら、アタシも付き合うよ。一蓮托生だもんね」

 悠志の勢いに釣られて、佳祐は苦笑いを浮かべながら、彼に付いて行くと宣言した。そして恵美も後に続き、4人の1年生は改めて意気投合していた。そんな事、出来る訳がない。不可能だ……誰もがそう思ってしまう事でも、彼ならきっとやり遂げるに違いない。だから面白いんだよなと、彼らは笑い合った。 

「おーい、キミたち……」

「……あ」

 その時、すっかり置いてけぼりにされていた上級生が、控え目なアピールを試みていた。それに漸く気付いた悠志は後ろ頭を掻きながら、ニッと笑って高らかに挨拶していた。


「はじめまして、1年の鎚矢悠志です。宜しくお願いします!!」


<了>

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