§7
「えーっと……鎚矢先輩って、一人で吹いてる時と合奏の時で、ガラッと印象変わるっス。これはカズ兄ぃからも言われてたし、良く分かってると思うっス」
そうなんだよな……と、悠志は頷きながら、千佳の話を聞いていた。それと同時に、彼は間宮中で佳祐たちと合奏した時には違和感が無かった事なども思い浮かべ、何処に原因があるのかを考察していた。
「これが、小松先輩と合わせてる時は、キレーにハマってるんスよ」
そう言って、自分にも訳が分からないと言った風に表情を歪めながら、千佳は言葉を続けた。それを聞いて、悠志は『えっ?』と声を上げ、驚きの表情を浮かべた。
「私もさっき、氷室くんからそう言われて、ビックリしたんだよ。でも、千佳ちゃんは結構前から気付いてたみたいで」
「そりゃーまた……でも、何でそんな違いが出るんだろ?」
「……これが正解かどうかは、言い切れないっスけど。先輩、こないだのカラオケの事を思い出して欲しいっス」
カラオケ……? と、悠志はまたも首を傾げてしまった。しかし由奈は、あっと声を上げながら、千佳の方へ目線を送った。それを受けた千佳は、大きく頷いていた。
「私が歌い始めた後、鎚矢くんがハモリを重ねて来たでしょ? あの時は皆、凄いって言ってくれたよ」
「あー……でも、あれは単に小松の歌声が見事だったからじゃないか?」
「重要なのは、鎚矢先輩の気持ちっス。あの時は先輩、心から楽しんで歌ってたんじゃないっスか?」
千佳の返答を聞いて、悠志はハッと気が付いた。そうだ、あの時は由奈の歌声を聴いて、自分も歌いたい衝動を抑えられず、気付いたらハモってたんだよな……と。
「あの時は、『歌わなきゃ』って気持ちは無かったな。気付いたら歌ってたんだよ」
「オマケに、楽譜なんか見てなかったっス。つまり、小松先輩の歌声にドップリ浸かって、身を委ねてたって事っスよね」
「そうそう、楽譜なんか要ら……ちょっと待て、いま何つった?」
「……あ! それって氷室くんの指摘と同じだよ!」
これは、もしかして……と、三人は一斉に頷き、校舎の中へ駈け込んでいった。確証はない、しかし他に考えられない。その不確かな想像の中に真実がある……と、彼らは一目散に4階へと駆け上がっていった。
準備室に安置してあったドラムの前に座ると、千佳はすぐさまリズムを刻み始めた。それに合わせて、由奈と共にコーラスのパートを奏で始めると、悠志はそれを瞑目して聴いていた。そして……
「……!!」
悠志は楽器を構えず、自分のパートを歌で表現していた。それは見事にビートに乗った美しい調べとなって、由奈たちの歌声と溶け合っていた。
音楽室の中で呆然としていた紗耶香たちの耳にも、その調べは届いた。彼らも、まるで引き込まれるように悠志たちの調べに合わせ、歌い始めていた。やがて演奏が終わると、彼らは暫し呆然として……そして一斉に歓声を上げた。
「やったぁ!」
「そっか……俺は一人で音楽をやろうとしてたんだな。間宮の連中に追いつこうって事に拘って、意固地になってたんだ」
「皆で心を一つに合わせる事が、重要だったんだね。鎚矢くんは今まで、自分で自分を縛り付けていたんだよ。でも……」
「小松先輩の『歌』が、その呪縛を解き放つカギだった、って事っスね」
「だな!」
そう結論付ける悠志に、由奈は優しく微笑みかけた。その様子を見て、千佳はうんうんと頷いていたが、紗耶香と茂は三人のテンションの意味が分からず、互いに顔を見合わせていた。
「なぁ島村、一体何があったんだ?」
「あー……小松先輩が自爆して、鎚矢先輩がそれを受け止めたっス」
「自爆、って……あ、もしかして!?」
「ポロっと出ちゃった系だったけど、結果オーライって奴っスね」
その顛末を聞いて、紗耶香と茂は思わず苦笑いを浮かべていた。成る程、一緒にトラブルを乗り越えた事で、漸く素直な本音が露になったんだな……と。
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