§3

「軽音との、コラボ企画だって?」

「うん。元々は私と千佳ちゃんが誘われたんだけど、ちょっと断れない理由があって……それで、条件付きでOKする事にしたんだよ」

 由奈の説明を、悠志は訝しげな表情で聞いていた。氷室の誘いというのは気に入らない、しかし由奈の言う『断われなかった』理由も気になる。彼はその一項に重点を置いて、その先の話を聞いてみる事にした。

「その、断れなかった理由ってのは?」

「それは……私もさっき聞いて、ビックリしたんだけど……」

 そう言いつつ、由奈はチラリと千佳の方を見た。すると千佳は、申し訳なさそうに俯きながら、おずおずと語りだした。普段の彼女を知る者にとって、それは非常に珍しいリアクションであった。

「実は……カズ兄ぃはアタシのイトコなんス。吹部に入った時にそれを言おうと思ったんスけど、先輩たちとカズ兄ぃが、凄い仲悪いって聞いて、その……」

「……言うに言えなくなっちまった、って事か。成る程、そう言えば奴と似てるトコも多いよな」

 悠志は肩を竦めながら、千佳の告白を聞いていた。しかし、薄々感づいていたのか、それほど衝撃を受けた様子は無かった。そして、その時点で彼は、この話を由奈が受けた理由についても察しを付けた。

「つまり、奴は小松を誘いたかったんだけど、一筋縄じゃ行かねぇから、島村に話を持ってったんだな。そんで、島村はイトコからの誘いだけに、断われなかった……と。こんなトコだろ?」

「うん。それで、千佳ちゃん経由で私に話が来たんだけど。それって何か、人質みたいで嫌だったから……つ、鎚矢くんと一緒じゃなきゃダメ! って、条件を出したんだよ」

 本当は、悠志を誘う事を条件にして氷室を納得させたのは千佳だったのだが、そこを正直に伝えてしまっては、恐らく悠志はまたヘソを曲げてしまうだろう。しかし、由奈が出した交換条件だったという事にすれば、話は違ってくる。それに……

「そ、そんなこと言われちゃ、断れないじゃないかよ」

 ……効果は覿面てきめんであった。頬を染めて俯き、上目遣いになりながら条件の内容を明かす由奈の姿を見せられしまっては、悠志としては断わる訳に行かない。無論、由奈はそれを狙っていた訳ではなく、恥ずかしそうにしていたのも演技では無いのだが、結果オーライという奴であろう。

「んで。鎚矢先輩を誘っておいて、バックコーラスってのも勿体ないなと思ったんで、ホーンセクションを入れたらどうかって提案したっス」

「つまり、氷室の野郎はそれも納得したうえで、俺を誘ってるって事か?」

「その通りっス」

 キッパリと言い切る千佳の回答を聞いて、悠志は唸りを上げた。悪い話ではないし、氷室から由奈に対する執拗なアプローチが止んでいる以上、いがみ合いを続けるのもハッキリ言ってしんどい。小川の存在はこのさい無視するとして、軽音との仲違いに終止符を打つための切っ掛け作りに、この誘いは打ってつけである。

「島村、参加要項の詳細は聞いてるか?」

「音楽であればジャンルは自由。1団体あたり10人まで参加できて、持ち時間は12分っス」

「って事は、人数的にはまだ余裕ある筈だな……曲は決まってんのか?」

「まだっス」

 そこまでを聞くと、悠志はまたも唸りだした。何か考えがあるようだが、自分一人だけで決めてしまうのは流石に拙いという事だろう。

「氷室に伝えてくれ。ホーンセクションは俺ともう一人、トランペットを加えたい。コーラスも3人だ。それと……」

「それと?」

「曲については、俺に心当たりがある。デモ音源を用意するから、それを聴いてみて欲しいってな」

「了解っス。でも、トランペットと、もう一人のコーラスって誰っス?」

 その質問に、悠志は少し間を置いてから答えた。軽音と揉めて来たのは俺だけじゃない。先輩やシゲルにだって、決着をつけたいという気持ちはある筈だ、と。そして、それを聞き届けた千佳は、深く頷いてから氷室のアカウントにアクセスし、悠志の出した提案を、交渉の軌跡を残すために文面で伝えた。こうして、約1年にわたって続いてきた吹奏楽部と軽音楽部の仲違いに終止符を打つ為の大プロジェクトは具体的な形を象り始め、実現に一歩近づいたのだった。

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