§2
「うん、ホーンセクションを加えてみてはどうかというアイディアは面白い。でもなぁ……」
「ウチの先輩たちの他に、当てはないっしょ? それに、この条件を飲まない限り、カズ兄ぃの頼みも聞かないからね」
千佳の予想通り、由奈を誘うための条件として提示された『悠志も誘う』という一項に、氷室は躓いていた。成る程、ホーンセクションというアイディアは良い。しかし、そのコラボ相手として指名された人物が問題だったのだ。
「確かに、ホーンセクションを入れるなら、奴らと組むしかないだろう。しかし……」
「鎚矢先輩とゴタゴタしたの、まだ気にしてんの?」
「そりゃあ、あんだけの騒ぎを起こしたんだ。向こうはオレの事を敵だと思ってるに決まってる、受け容れられる筈がないよ」
「随分と情けない事を言うね。音楽やってる仲間同士じゃん、敵も味方も無いっしょ? それに鎚矢先輩を無視して、小松先輩を誘えると思ってた? そんなワガママ、通る訳なくない?」
遠慮のない一言を受けて、氷室はガックリと肩を落とした。その通りだ、吹奏楽部との和解を前提としなくては、由奈を誘う事なんか絶対に出来ない。それどころか、虫の良い話と笑われるのがオチだ……と。
「……分かった、条件を飲もう。けど、オレからの誘いと分かって、あの二人がウンと言うかな?」
「そこは任してよ。小松先輩さえ抱き込んじゃえば、ほぼ大丈夫だから」
「由奈を先に、味方につけるって事か?」
「将を射んと欲すれば、まず馬を……って言うっしょ。ま、見てて」
軽音サイドのOKさえ貰えば、あとはこっちの問題だから……と、千佳はさっそく由奈にメッセージを送った。無論、すぐに本題に触れるような愚は犯さない。物事には順序がある、それを彼女は熟知しているようだ。
「ところで、曲はどうするんだ? ホーンセクションを含む曲は沢山あるけど……」
「んー……それは、鎚矢先輩たちと相談して決めて欲しいな。全員が納得した曲じゃなきゃ、やり難いっしょ?」
成る程、それは尤もだ……と、氷室はアッサリと納得してしまった。無論、軽音の側で候補に挙げていた曲はあったのだが、千佳の出して来た条件によって勝手が違ってきた為、選曲もやり直さねばならない。ならば、悠志たちの意見を聞いてからでも遅くは無いと判断したようだ。
「おっと、先輩から返事来た……オッケ、いま大丈夫だってさ。んじゃ、連絡待っててね」
「あ、あぁ」
そう言って、千佳は氷室との通話を切って、由奈が指定してきた待ち合わせの場所へと急いだ。大事な話だから、直接会って相談したいという、千佳の希望が通った形となったのだ。因みに彼女は、悠志のスランプを何とかするためのアイディアがある、という文句で由奈に誘いを掛けたようで、これに由奈が飛びついた……という訳である。
* * *
千佳の家から徒歩10分程度、和泉小の裏手にある児童公園のベンチに、由奈の姿があった。淡い緑色のチュニックにデニムパンツという装いのためか、普段の制服姿とは違う印象に見えた。
「呼び出しちゃってゴメンっス、先輩」
「ううん、暇だったし。気にしなくて大丈夫だよ」
ニッコリと微笑む由奈に、千佳も微笑みを返した。恐らくこれから話す事は、大部分が彼女の……いや、彼女と悠志にとって禁忌となるキーワードで埋め尽くされていると思われる。これを、如何にしてショックを与えずに伝え、且つコラボへの参加を了承させるか……それを考えると思わず緊張してしまうが、然もあらん。悠志たちと氷室の間で板挟みとなっている現状を早く解決したいと望んでいる千佳にとって、これは何としても成功させたい大プロジェクト。失敗は許されないのだ。
「えっと……じゃ、早速っスけど本題に入らせて貰うっス。実は今度、合同ライブって奴に軽音が参加するんスけど……」
と、千佳は慎重に言葉を選びながら、且つテンポよく事の次第を説明していった。まず、軽音が深く絡む話題である事を先に明かし、これが氷室の策謀ではない事を証明したうえで、由奈たちをこのイベントに誘うに至った経緯とその理由を解説した。千佳の話を聞いていた由奈は終始、目を丸くして驚いていたが、最終的にそれが悠志をスランプから抜け出させる鍵になり得るかも知れないという一項に興味を惹かれ、やがて氷室の誘いを受ける事を承諾した。
「良かったー! まず先輩がウンと言ってくれなきゃ、この話は此処で終わりになってたっス」
「私は元々、軽音の皆とも氷室くんとも、確執は無かったからね。ただ、執拗に誘ってくる事については閉口してたけど」
苦笑いを浮かべつつ、由奈は『吹奏楽部にとってもプラスになる事なら、喜んで』と言って最終的な返答に代えた。が、本当の難関はまだ、この先に控えているのだ。そう、悠志をこのコラボに参加させる事が出来なければ、この相談も無意味になってしまうのである。
「じゃ、鎚矢先輩に声を掛けてみるっスけど……アタシとカズ兄ぃの関係も、これでバレちゃうっスかね?」
「んー……ちょっと怖いけど、説明すれば分かってくれるよ。千佳ちゃんと氷室くんがイトコなのは、仕方ない事だもん」
結局、このコラボを進めて行けば、氷室と千佳が親戚の間柄である事は直ぐに知れてしまうだろう。ならば、早めに明かしてしまった方が良い。由奈はそう判断し、責任は私が持つと言って千佳を安心させた。そして、悠志のスマートフォンにアクセスして数分、彼も公園に姿を現した。
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