§4

「……来ないね、1年生」

「まぁ、俺らの後に軽音の発表が……文化祭の時と全く同じじゃねぇか、クソっ!」

 単なる偶然なのか、それとも派手な演出が期待できるクラブの発表をトリに持って来ようとする作為的なものなのか。またも吹奏楽部の後に軽音楽部の発表が来るよう順番が組まれており、新入生たちの興味はすっかり其方に傾く格好となってしまった。順番が前後しても結果は同じだったのかも知れないが、これによって文化祭の時と全く同じ流れになってしまい、それが悠志の癇に障ったらしい。

「軽音部、新入生にテスト受けさせてるみたいですね」

「ふぅん……ま、演奏形態がアレだからな。そんなに人数は要らねぇし、優良株も選び放題ってか」

 第2音楽室の様子を偵察してきた茂が、事の次第を報告した。曰く、廊下に長蛇の列を作った新入生たちが、希望する楽器を各々に弾いて、その如何で入部の可否を決めるという、所謂『入部テスト』を実施しているという事であった。

「これで益々、彼らは力を付けていく事になるな」

「ただ、不合格になった人からは反感を買いそうだね。仕方ないんだろうけど、やり方が露骨すぎるもの」

 茂の呟きに、紗耶香が応じて不安げな表情を浮かべた。然もありなん、少人数で活動するものと相場が決まっている軽音楽部に、50名を超える入部希望者が集ったのだ。補欠メンバーを含めて3つのバンドを組んだとしても、せいぜい十数名も居れば充足してしまうので、技量が一定の水準に満たない者は、この時点で見切っておかなければ、後でトラブルの元になるだろう。紗耶香の言う通り、やむを得ない事なのだろうが、遺恨の残るやり方であるという意見に違いはあるまい。

「……ボーっとしてても仕方ねぇ、練習始めっか」

「うん、そだね。吹いてれば『やってるね』って分かるし」

 由奈の回答は、至極当たり前のものであったが、正論でもあった。ただ音楽室の中で屯しているだけの上級生たちの姿を見て、活気のあるクラブだと思う者はまず居ないだろう。それに、いたずらに時を過ごしている暇など、彼らには無いのだ。

「じゃあ、各自アップ始めて。楽器が温まったら合奏やるよ。アンコンの選曲も兼ねるから、真剣にね」

「ハイっ!」

 紗耶香の号令で気を引き締めた悠志たちは、各々に基礎練習を開始して、音出しの準備に掛かった。その後、楽器を取り出すタイミングが偶然に一致したのか、僅かな時間ではあるが無音状態となった。と、その時。経験者にとっては聞き覚えのある、特徴的な金属音が一瞬だけ耳に届いた。そして……

「なっ!」

「だ、誰だ!? ドラム叩いてる奴は!」

 準備室の中から、唐突にドラムソロが聞こえて来た。彼らは現在、全員が音楽室に居る状態であり、準備室は無人の筈。ならば、侵入者が勝手にドラムを演奏しているという事になる。これは何たる事かと、悠志たちは慌てて様子を窺いに行った。

「誰だ!?」

「あ? ……ちぃーっす。だーれも居なかったから、良いのかなーって。入り口の鍵開いてたし」

 音楽室側のドアから準備室に入った悠志たちの前には、見知らぬ女子が座っていた。ドラムに向かっていた格好からクルリと振り向いた彼女は、不敵な笑みを浮かべながら、悠志たちにペコリと頭を下げた。名札の色は赤、1年生のようだ。

「島村千佳っス。軽音に行ってみたんスけど、ドラムの椅子は空いてないって言われたんで、こっち来たっス」

「……また、随分と活きのいいこって……」

 荒々しい所作で鳴らして来た悠志をして、最初のリアクションがそれであった。完全に面食らったという事なのであろうが、彼が此処まで驚く……と云うより、呆気に取られた事は、恐らく無いであろう。それ程のインパクトだったのだ。

「どうっスか、イケてるっスか?」

「あ、あー……入部希望、って事で良いのよね。歓迎するわ、私が部長の渡部です」

「あざっす! 千佳って呼んでくださいっス、苗字呼びは嫌いっス」

「よ、宜しく……俺は鎚矢、2年だ」

 と、悠志が名乗ったところで、千佳は『ふぅん?』と鼻を鳴らし、彼の姿を嘗め回すかのようにジロジロと眺め始めた。その様を見て、ただならぬものを感じた由奈が、すかさず自己紹介を始めた。

「じゃあ、千佳ちゃんでいいんだね。私は小松って言うの。2年生だよ、よろしくね」

「あ、うぃっす」

 軽い感じの返事であったが、何故か千佳は由奈の方を一瞥しただけで、目線を合わせようとはしなかった。その様子にムッと来たのか、由奈は一歩踏み出して何かを言おうとした。が、それは悠志によって制止された。

「パーカスの奴を扱うのは初めてなんで、具合が分かんねぇ。どんぐらいキャリアあるんだ?」

「えーと、4年の時から、親戚のツテでスタジオ行ったりしてたっス」

「ドラム以外は?」

「スティックがマレットに変わっても、イケるっス」

 と、此処までを聞いて、悠志は紗耶香に目配せを送った。入部は確定、ならば入部届を書いて貰った後に、当間の所へ連れて行く必要があるぞと、暗に伝えているのだ。

「……で。名前呼び推奨らしいけど、そりゃあ俺の主義に反するからな。島村って呼ぶぞ、文句は?」

「う、うぃっす! 文句ないっス、先輩!」

「それでいい。敬語を使えとまでは言わないが、仮にも俺たちは上級生だ。それは覚えておく事、いいな」

「すんませんしたっス!」

 どうやら、悠志の言う事は素直に聞くようで、彼が目線で促して直ぐに、千佳は由奈に対して深々と礼をした。それを受けて、由奈は苦笑いを浮かべながら、改めて『いいよ、宜しくね』と応えた。

「まだ仮入部だから、最後まで練習に付き合う必要は無いよ。ハイこれ、入ってくれるなら書いてね」

「うぃっす!」

 それが彼女のスタンダードなのか、崩れた言葉遣いを直すつもりは無いようだった。少々……いや、かなりクセのありそうな新入生であるが、彼女が悠志たちにとって貴重な新戦力になるであろう事は間違いなかった。

 その後、千佳の入部を皮切りに、クラブ紹介で興味を持ったという者が集い始め、入学式から3日目の時点で新入部員は男子1名、女子4名の合計5名を数える事となった。千佳以外は全員が未経験者であった為、指導に骨が折れるという誤算はあったものの、新入部員ナシという最悪の事態だけはどうにか免れたと、悠志たちはホッと胸を撫で下ろした。

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