§3
4月。新年度を迎え、悠志たちは2年に、紗耶香は3年に進級した。相変わらず吹奏楽部の面々は別のクラスとなっていたのだが、今年は何と、悠志と氷室が同じクラスに纏まるという、彼らにとっては嫌な組み合わせとなってしまっていた。
「まぁ、モノは考えようだ。これだったら、野郎の見張りも楽だしな」
「っと、それより。今年は前もって勧誘ポスターも貼ったし、部員が来てくれると良いんだけど……」
悠志が天井を仰ぎながらボーッとした感じで呟くと、それに紗耶香が応えた。彼女は特に新入部員の勧誘に力を入れており、自前でイラスト入りのポスターまで作成するなど、かなり気合の入った様子を見せていた。
「先輩が、イラスト得意だったとは知らなかったですよ」
「よしてよ、そんなに上手なもんじゃないから……ただ、文字だけよりはマシかと思って」
「充分、上等っスよ……但し、1年が食いつくかどうかは、神のみぞ知るってトコですけどね」
「だから、それを心配してるんじゃない。何せ、去年の成績はお粗末、オマケに今年からは軽音が競合してくるからね」
そう。去年と違って、顧問による妨害工作という不正行為は無いものの、新入生たちが吹奏楽部に興味を持ってくれるか否かと云うのは別問題。吹奏楽部のある間宮小からの出身者が大半を占める間宮中と違い、和泉中は和泉小からの卒業生が約8割、残りは学区外からの転入や、悠志のように学区境界線付近に住む少数の間宮小出身者という内訳になっているため、小学生時代に吹奏楽の経験がある、或いは興味を持ったという新入生はほぼ居らず、入学ガイドや学校ホームページなどに記載されている部活動情報を読んで、入部先を検討する生徒が殆どなのだ。つまり、現在の吹奏楽部のように、公式大会での成績もパッとせず、校外でのアピールも積極的に行っていない状況では、新入部員獲得は難しい……という訳なのである。
「明日ですね、入学式」
「入場行進を生演奏でとか出来れば、強力なアピールになって良かったんだけどね」
「4人だけじゃ、行進曲はおろか校歌の伴奏だって無理ですよ」
「うーん……」
と、悠志たちは明日に控えた入学式と、その後の勧誘活動について真剣に討論していた。最も大きな懸念は『活動内容そのもののアピールが心許ない』という事である。また、クラブ紹介に於いて、軽音楽部に大きく差を付けられるという、文化祭の時と同じ屈辱を味わう可能性も多分にある。尤も、昨年はクラブ紹介に参加する事すら儘ならぬ状況であったにも拘らず、3人の新入生が入部したのだから、それと比べれば幾分かはマシであると言えるのだが。
「ま、此処で幾ら唸ってたって、仕方ないですよ。オリエンテーションでやる曲、練習しときましょ」
去年に引き続き、部長を務めている紗耶香が既に弱腰になっているため、代わって悠志が皆を牽引する格好になっていたが、彼も未だアンサンブルコンテストでの敗北を引きずっており、その判断が的確かどうかは問えない状況であった。
「今度はポップスのアレンジですから、文化祭の時とは違いますよ」
「織田くんの編曲、凄く良いよね。楽器数は少なくても、薄っぺらい印象にならないし」
どうやら今回は、文化祭の時に選曲で失敗した経験を踏まえて、一般的にも知名度の高い楽曲を選び、更にそれを佳祐の手で吹奏楽版に編曲して貰うという、手の込んだ趣向になっているらしい。しかし、それでも軽音楽部の派手さと魅力に、正面から太刀打ちするのは難しいかも知れない……悠志と紗耶香は、そこを懸念して弱気になっているのだ。
「ねぇ、軽音には真似できない、吹奏楽ならではの楽しい演奏って、無いものなの?」
重苦しい静寂を押し退けて、由奈がポツリと呟いた。それを聞いた悠志たちは、ふぅん……と首を傾げ、色々と考えてみた。
「ファンファーレとか?」
「あー、確かにあれはラッパじゃなきゃ出来ないよな」
「ふぅん……面白いんじゃない? 割り当て時間には余裕があるんだし、やってみようか」
茂の提案に悠志が反応し、紗耶香がそれを後押しした。飽くまでも仮定であったが、『面白そうだ』という一言があった為か、全員が積極的な姿勢にシフトした。これを見ていた当間は、うんうんと頷き、笑みを浮かべていた。
そして入学式の翌日、講堂に新1年生を集めて行われたクラブ発表の場で、悠志たちはアナウンスに先駆けて勇壮且つ派手なファンファーレを披露し、その後に簡単な活動内容の紹介を行って、最後にポップス曲を演奏するという段取りで発表を終えた。最初にファンファーレを披露したのが功を奏したか、少なからず反応があり、中には『カッコイイ!』という賛辞を上げる者も居た。その声を聞いて、悠志たちはホッと胸を撫で下ろし、ステージを降りた。
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