§2

「……無い?」

「無い。誓って、無いよ。ユージはいい奴だし、おススメ優良物件だけどさ。今更そういう目では見られないんだよね」

「ホント?」

「ホントだってば。ユージは彼氏と言うより、悪友ポジションだもん」

 そう言われて、由奈は今までの事を思い返してみた。最初に二人の再会シーンを見た時は、悠志が恵美のサイドテールを見て『女の子みたいに見える』と評していたし、次の合同練習でもジョークの飛ばし合いはしていたが、親密な雰囲気ではなかった。成る程、あれは彼氏が彼女に対して取る態度ではないな……と、そこは納得したようである。しかし……

「メグちゃん的にはそうでも、鎚矢くんは違うかも……」

「うーん……百歩譲って、そうだったとしても。アタシにはユージを選べない理由があるんだよ」

「え? 理由……?」

「そ。由奈ちゃんは、アタシとユージが出来てるから、手を出しちゃダメだって思ってたみたいだけど……」

 そう言いながら、恵美は自分のスマートフォンを取り出し、何やら画像を表示させ、由奈の方へ向けた。そこには佳祐の腕を絡め取りながら、ニッコリと微笑む恵美の姿があった。

「こ、これって……もしかして!?」

「アタシだって女の子だもん。カレシ以外の男とこんな事は出来ないし、やりたくもないよ」

「じゃ、じゃあ、鎚矢くんは!」

「今のところ、彼女ポジションの相手は居ないだろうね。安心して良いんじゃないかな」

「……!!」

 最早、言葉は出なかった。未だ片想いの状態である事に違いは無かったが、少なくとも想い人である悠志には恋人が居らず、フリーの状態であると確認できたのだ。それだけでも、由奈にとっては充分だったのである。

(って言うか……ユージと話してると、二言目には由奈ちゃんの名前が出てくるんだよね。分かり易いんだよなぁ、二人とも)

 その独白を口に出す事は無かったが、恵美は目の前で頬を紅潮させながら身体をくねらせている由奈を見て、苦笑いを浮かべていた。勝手に彼氏呼ばわりして申し訳ないが、彼女の悩みを解消させる為なんだよ……と、心の中で佳祐に詫びながら。

「しかし、そうなると……その氷室って奴、メチャクチャ気の毒だよね」

「仕方ないよ。私は吹奏楽を辞めないし、軽音に行くつもりも無いから」

「いや、そういう事じゃなくてさ。ユージとのバトルに、足切りレベルで負けちゃった訳でしょ?」

「え? え……ええぇぇぇぇ!? 氷室くん、本当にそういうつもりで!?」

「……成仏してね、顔も知らない誰かさん」

 またも苦笑いを浮かべながら、恵美は胸の前で十字を切っていた。そして由奈は、氷室が執拗にコールしてくる理由が、自分を軽音に引き込む為のアピール以外にも存在している事に漸く気付いて、今までとは違う意味で顔を赤らめていた。

「んお? あれ、ユージからだ」

 そのタイミングで、恵美のスマートフォンに着信があった。そしてほぼ同時に、由奈のスマートフォンもコール音を鳴らした。先ほど由奈が送信したメッセージに呼応したものだが、二人が一緒に居る事を考えて、連名で返信したのだろう。

「……プっ!」

「あはははは! ひょっとして、これが氷室って奴!?」

 その内容を読んで、由奈と恵美は揃って笑い声を上げた。然もあらん、そこには『楽器屋で見かけたので、つまみ出した』というキャプションに、一枚の写真が添付されていたのだが、それが傑作だったのだ。因みに『巨大な悠志が、氷室の頭を摘まんでいるように見える』という、遠近法を利用したトリック画像の体を成したものだった。

「氷室くんには悪いけど……」

「今のユージ的には、この程度の扱いなのかもね。良いじゃん、こういう事には勢いも必要だし」

 その画像は、まさに今の悠志の心理状態をそのまま表したものなのだろう。俺にとって、氷室なんか虫ケラみたいなもんだ。だから気にするな、安心しろ……少なくとも、由奈にはそう読み取れたようである。

「いい相手、選んだね」

「えへへ……あとは、私が振られないように頑張るだけだね」

 いや、そんな心配は要らないでしょう……と、またも恵美は言葉を飲み込んだ。電話を掛ければ、二言目には彼女の名が出る。メッセージを受け取れば、必ず彼女の名が書いてある。そんな彼が貴女を袖にする事など、絶対にありえない。恵美はそう信じ、心の中で由奈にエールを送った。

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