§6
「そういえば、ユージ。軽音の奴にちょっかい出されたぐらいで、そんなにナーバスになったのか?」
「え? あー、そうじゃねぇよ。そんなの、小松の意思の固さの前じゃ屁みたいなもんだ。けど……」
ふと思い出したように、佳祐が先ほどの話題を蒸し返し、問い掛けた。それを受けて悠志は、やや下方に目線を逸らしながら、渋々と言った感じで語り始めた。
「文化祭の時、俺らの後に軽音の奴らが出て来たんだ。それを観て俺らは、ショックを受けたんだ」
悠志の回答を聞いて、佳祐は思わず首を傾げた。身内を誉めるという訳ではないが、佳祐の目から見ても悠志は優れた奏者であり、他者の実力を素直に認める度量を持った音楽愛好家でもある。そんな彼が、他所のクラブの発表を観てショックを受けるなど、在り得ないのでは……と思ったようだ。しかし、そんな彼を抑えるかのように、悠志の説明は続いた。
「俺らも活動再開からそんなに経ってないけど、奴らは更に遅れて活動を開始した、新興のクラブなんだ。なのに、文化祭でのステージ合戦は、俺らの惨敗だったんだ」
「うん……とても良い演奏だったのよ、悔しい事にね」
単なるミニステージを、合戦に見立てる……普段の悠志であれば、絶対にそんな事はしないだろう。しかし、その時に限って『勝負』という言葉を使ったのには、理由がある。それを解説した紗耶香の言葉は、まさに悲痛なものであった。
「さっきも説明したと思うけど、軽音を立ち上げたのはウチの元顧問なの。その元顧問に、私たち2年生以上の部員は、散々な圧迫を受けて来たわ。だから私たちにとって、その元顧問は許せない存在なの」
「僕ら1年生も、被害なしって訳じゃ無いよ。部員が増えると廃部にする理由が無くなるから、新規入部を全てシャットアウトしてたんだ。吹奏楽部は既に、廃部が決定してるって嘘を吐いてね」
紗耶香の解説に、茂が補足を加えた。そして二人の証言を聞いて、佳祐と恵美は……いや、そこに居た間宮中のメンバー全員が、等しく表情を歪め、ザワザワと声を上げ始めた。何れも、その元顧問――小川に対する批判の声であった。
「まぁ、そんなクズ顧問を追い出すのなんざ、俺に取っちゃ朝飯前だったけどな」
「ふぅん……で、その元顧問が立ち上げた軽音楽部が、思いのほか良いバンドだった、って話か?」
「そうなんだ。たったの3カ月で、どうやってあのレベルに達したのかが分かんなくて、モヤモヤしてんだよ」
「そりゃー、上手い奴らが集まれば……ん? あ、そっか」
優れたプレイヤーが結集したバンドなら、即興で良い演奏を披露する事が可能……誰でも考え至る、至極単純な理屈である。しかし実際には、バンド全体の錬成には長い時間が必要になる。彼らはつい先刻、その結論に辿り着いたばかりであり、それを否定する者は誰も居なかった。
「オレはそのステージを観てないから、何とも言えないけど……そんなに凄かったのか?」
佳祐の問い掛けに、悠志たちは苦い表情を浮かべながらも、頷いていた。ただ一人、由奈だけは何か思うところがあるのか、苦笑いを浮かべるだけで、悔しそうな様子は見せなかった。
「由奈ちゃんだけ、リアクション違うんだね?」
「あ、うん。私は軽音の皆に『負けた』とは思ってないから」
恵美がその様子に気付いて、由奈に問い掛けた。それを受けて、彼女はにこやかに微笑みながら、穏やかな口調で答えた。
「皆は、元顧問の先生と確執があるから、そう考えちゃうのかもだけど。私にはそれが無いからね」
「ふぅん。でも、ユージたちはかなり拘ってるみたいだね。凄い顔してるよ」
「うっ……俺だって、もう奴らの凄さは認めてんだよ。ただ、どうしてあんな短期間で、あのレベルになったのかが分かんねぇから、気味わりぃだけさ」
口を尖らせながら、悠志が呟いた。既に軽音の……氷室たちの凄さは認めている、これは偽りのない本音なのだろう。しかし、だからと言って、結成から間もない彼らがアッサリと自分たちを凌駕する演奏をこなして見せたカラクリについて、説明が付く訳ではない。彼の拘りは、そこにあったのだ。が、しかし……
「うーん……なぁユージ、その軽音の奴らって、間宮小に居たか?」
「いや、知らねぇ奴らばかりだよ。全員が和泉小から……ん?」
ここで悠志は、ある事に気が付いて、思わず由奈の顔を覗き込み、問い掛けようとした。しかし、言葉にならなかったようだ。口をパクパクさせるだけで、声にならなかったのだ。そして、その問い掛けを受けた由奈は、苦笑いを浮かべながら、ばつが悪そうに答えた。どうやら彼女は一足先に、彼らが抱く疑問の正体に気付いていたらしい。
「そうだよ。全員が私と同じ、和泉小の卒業生で……氷室くんと一緒に、音楽クラブに居たよ」
「音楽クラブってのは……歌とかギターとか?」
「うん。エレキじゃない奴だけど、みんなでギター弾いたりしてた。私は合唱クラブだったから、一緒じゃなかったけどね」
そういう事だったのか……と、悠志をはじめ、紗耶香と茂も納得したような表情を浮かべていた。成る程、彼らが悠志たちと間宮小のメンバー同様、小学生の頃に数年間を掛けて音楽活動に打ち込んできたのなら、知り合ってから半年程の自分たちが、熟練度の面で敵う筈がない。彼らが文化祭で見せたあの結束力の高さは伊達じゃない、本物だったのだ……と。
「私たちが勝手に、独り相撲を取っていただけ……って事かな」
「まぁ、彼らは敵では無いですしね。小川先生はアレですけど」
謎が解けたと同時に、わだかまりも消えたのか。紗耶香と茂は穏やかな表情になり、頷き合っていた。未だ口を尖らせていた悠志は、由奈にポンポンと肩を叩かれ、ふいと視線を逸らしながら何やらブツブツと呟いていた。
「あれあれ、頭が固いなぁユージは」
「ち、違うんだよ! 俺はその……軽音のリーダーやってる野郎と、仲が悪いから……」
「何だ、ケンカしたのか?」
「俺が仕掛けたんじゃないって! 向こうがケンカ売って来てんだよ」
と、此処で恵美は、先刻由奈が言っていた『軽音のリーダー格に声を掛けられ、勧誘されていた』という一言を思い出した。それが悠志の不満を募らせているという事に、敏く気付いたらしい。
「ねぇユージ、それって由奈ちゃんと関係あったりする?」
「……!! だ、大事な仲間を引っこ抜かれそうになったんだ、警戒して当たり前だろ!?」
「ふぅーん……そうなの?」
「うん、僕と先輩が止めなかったら、きっと相手を殴り飛ばしていただろうね。それぐらい激しいバトルだったよ」
恵美の問い掛けに、茂が肩を竦めながら答えた。その隣では、紗耶香も苦笑いを浮かべている。今にして思えば、もはや笑うしかない……そんな印象だったのだろう。
「ひゃー、過激ぃ!」
「そ、そんな事、どうだっていいだろ! 未遂だったんだからさ」
「相変わらず、アツい奴だな。人数がギリギリだったのは分かるけどさ、普通そこまでするか?」
「当然だろ。コイツは歌姫と呼ばれた程の喉を封印してまで、ウチに来てくれたんだからな」
と、何気なしに悠志が口にした一言に、佳祐たちは強い興味を惹かれた。もしかしたら、彼女が軽音楽部から熱烈なスカウトを受けたのも、それに起因しているのではないか? と考えたらしい。
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