§5
「……あれ?」
真っ先に、その違和感に気付いたのは悠志だった。ややあって、佳祐と恵美も不思議そうな表情を浮かべた。然もありなん、いま臨時メンバーを含む4人が奏でているアンサンブルは、先ほどの演奏とほぼ変わりない印象だったのだ。
「こ、今度は西田先輩、入ってみて貰えますか?」
「……いやユージ、たぶん同じ事になると思う」
悠志の言に対する佳祐の意見に、恵美も頷いていた。その様を傍から見ていた当間と鎌田も、何やら話し合っていた。そう、悠志の代わりに遠山を組み入れても、全体の印象は同じになった。つまり、ここに居る誰が合奏に入っても、状況は変わらないという事である。
「どう思います? 先輩」
「うーん……僕は吹奏楽に関しては素人だから、何とも言えないけど。そうだねぇ……アコースティックピアノの合奏に、一台だけ電子ピアノが混じっている感じかな?」
鎌田の問い掛けに対する当間の返答はかなり極端なものであったが、言い得て妙と云うか、あながち外れでもなかった。要は、似て非なるものが混在する事によって、全体のバランスに狂いが生じ、違和感のある演奏になってしまうという話である。
「それはつまり……私たちでは、高成績は狙えないって事ですか?」
「いや、早合点をしないで。彼らが評しているように、君たちは各々の技量は高い方なんだよ」
「そうだね。後は磨きと云うか……すり合わせをどうするかという問題だね。尤も、それはかなり高い次元での話だけど」
紗耶香が悲しげな表情を浮かべながら、鎌田と当間に意見した。しかし、彼らは揃ってそれを否定した。決してその場凌ぎの誤魔化しではなく、本心からの発言で会った為か、その表情は真剣だった。
「でも……」
「あの、ちょっと良いですか?」
と、そこで由奈が会話に割り込み、紗耶香が更に意見しようとするのを止めた。このまま議論を続けていても、ネガティヴな雰囲気に拍車を掛けるだけだろう。ならば、一回でも多く実演を重ねて、その上で解決策を練った方が良い。机上の空論ばかりでは、何の解決にもならない……彼女はそう考えたようだ。
「さっきは、私たちの中から鎚矢くんを外してみましたよね。なら、その逆はどうなんでしょうか」
「ん? ……成る程、それは面白いね。よし、ペットはオレと長谷川……ユーフォは岡部。そこにユージを入れてみようか」
由奈の提案を『面白い』と評した佳祐が、具体的なメンバーを指名して更に話を進めた。それを聞いた当間と鎌田は暫し考えていたが、やがて頷き合って、その即興メンバーによる試奏を承認した。
「僕ら3人と、間宮小出身の皆との間に、決定的な違いがあるとすれば、それはもしや……」
「うん、場合によっては最悪の答えが出ちゃうかも知れない。けど、同時に解決策も出る筈だよ」
不安げな表情を浮かべながら茂が呟いて、それに由奈が呼応した。もし、この組み合わせでマッチするのであれば、自分たちは根本的な部分から対策を練り直さなければならなくなるだろう。しかし、それを『その可能性もある』というレベルでで放置して置く事は、この先の発展を自ら阻害してしまう事になる……彼らはそう考え、固唾を飲んで合奏の準備を進める悠志たちを見つめていた。そして……
「あ……」
恐れていた事が、そのまま現実となってしまった。そう、たった今、即興で組んだメンバーであるにも拘らず、彼らは見事なアンサンブルを奏でていたのだ。その様を見て、由奈と茂は落胆の表情を浮かべ、紗耶香は唖然としたまま言葉を失っていた。が、当間と鎌田はそれほど驚いた様子は見せておらず、『やはりな』と言いながら頷き合っていた。
「先生、あまり驚いてないですね?」
「ん? あぁ。多分こうなると、分かってたからね」
「分かって……?」
そう言い切る鎌田の顔を覗き込んで、紗耶香は混乱してしまった。然もあらん、彼女にはどうしても、数か月の時間を掛けて練習を重ねて来た自分たちよりも、即興で組んだメンバーの方に、全体の調和という点で軍配が上がるという事実が理解できなかったのだ。しかも、それを自分たちの指導者である鎌田がアッサリと認めてしまったのだから、尚更である。
「た、確かに私たちよりも、彼らの方がハイレベルなのは分かりますけど……」
「先輩、落ち着いて下さい。確かに僕らはこの数か月の間、一丸となって練習を重ねてきました」
興奮状態に陥った紗耶香に、茂が待ったを掛けた。どうやら彼には鎌田と同様、この結果となった理由が分かっているらしい。そして更に、由奈も……
「でも、織田くんたちと鎚矢くんは、私たちよりも長い間、一緒に吹いてたんです……そうでしょ? メグちゃん」
「うん。4年生の時から、卒業するまでの3年間、ずっとね」
その説明を聞いて、紗耶香は漸く『あっ』と気付いた。そう、自分たちは中学校で知り合い、その付き合いは未だ半年程度の長さでしかない。しかし、小学校時代を一緒に過ごしてきた彼らは、卒業してからのブランクを考慮したとしても、3年に及ぶ期間を共に過ごして来たのだ。悠志にとっては、此方のメンバーと組んだ方がシックリ来ると云うのも、当然の事だろう。
「はぁ……理屈は分かったけど、俺らにとってはショックでしかねぇな」
「技と技の組み合わせは、時間を掛けて慣らせば慣らすほど、優れたものになるって事さ」
悠志が溜息交じりに呟いて、それを佳祐が受け止めた。成る程、各々に技量を高めるだけならば、短期間の訓練であっても、ある程度は何とかなる。しかし、その技を結集して成果を発揮する事が求められる場合、時間を掛けて技と技とをぶつけ合い、慣らしていく必要がある。つまり、今の悠志たちにとって決定的に欠けているのは、『熟練するための時間』。幾ら望んだとて、すぐ手に入れる事の出来ないものだったのだ。
「今から更に練習を重ねて、磨き込んだとしても……1カ月が精々か。焼け石に水だな」
「それでも、ゼロじゃない。頑張ろうよ、きっと何とかなるよ」
悲観的な表情を浮かべて呟く悠志に、由奈が微笑みかけた。更にその向こうでは、茂が紗耶香を励ましていた。その様を見て、佳祐と恵美は『これなら、何とかなるんじゃない?』と、頷き合っていた。
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