§4

「そりゃあまた、随分とやりたい放題な……」

 悠志たちの話を聞いて、まず佳祐の口から出た一言がそれだった。恵美もその横で頷きながら、ポンポンと由奈の肩を叩いていた。

「で、その元顧問が新しく軽音楽部を立ち上げて。そこのリーダー格が、由奈ちゃんを奪おうとしたんだね? ユージから」

「……メグ、言い方」

「でも、大体合ってるでしょ? それが元で、暫く荒れてたんだから」

「う……まぁ、そりゃあ……でも、分かんないのはその後なんだよな」

 恵美の言を紗耶香が肯定した事で、文化祭の直後から悠志がメンタル的に弱っていた理由については説明が付いた。が、その後も何かギクシャクしていて、合奏の内容に納得できない状態が続いている原因については、誰も言及できなかった。

「という訳で、こっからが本題なんだけど……」

「うんうん、どうしてユージは絶好調なのに、アンサンブルがイマイチなのかって話だね」

「そうなんだ。腕っこきの指導者と、モチベの高いメンバーの組み合わせで、何で……」

「んー……そうだね。それが解決できない事には、今日ここに来た意味が無いからねぇ」

「……ん?」

 会話の最後に聞こえて来たその一言に、顔を突き合わせて密談していた6人は一斉に振り返り、そして仰天した。彼らの背後で当間が聞き耳を立てており、その隣では鎌田が苦笑いを浮かべていたのだから、驚くなと云う方が無理な話であろう。

「せっ、先生、あの……」

「ん? 構わないよ、続けて続けて」

「そ、そんなこと言われたって……」

 佳祐と恵美はともかく、困ってしまったのは悠志たちだ。然もありなん、あろう事か、教師の悪口を、これでもかと言う程に容赦なく立て並べていたところを、その同僚である教師に聞かれてしまったのだから、言葉に窮するのも無理からぬ事である。しかし、それでも当間は『いいから』と言って、彼らに討論の続行を勧めてきた。まるで、もっとやりなさいと言わんばかりに。

「って言うか、ここでって見せてくれよ」

「あ、そうだね。どう気に入らないのか、聴いてみなきゃ分かんないし」

 論ずるより、まずは実態という発想から、佳祐が悠志に提案してきた。それはそうだ、しっくり来ないの、気に入らないのと幾ら喚いてみた所で、どういう状態なのかを見てみない事には始まらない。そしてその提案に、当間と鎌田も頷いている。悠志は暫し困惑していたが、やがて『尤もだ』と腹をくくり、紗耶香たちを促した。

「良い機会じゃないですか、聴いて貰いましょうよ。俺たちはコイツらに、胸を借りに来てるんですから」

「だから、アタシが借りたい……あた!」

「それはもういいから。さ、やってみろよユージ」

「っしゃ! じゃあ先輩、やりましょうか。シゲルもほら、準備しろよ。小松を見てみろよ、やる気満々だぜ」

 悠志の声に振り返ると、由奈は既に楽器を構え、目を輝かせながら待機していた。その様を見て、気後れしていた紗耶香と茂も奮い立ったのか、よし! と言いながら席に着き、合奏時の体制を作った。そして紗耶香が楽器のベルを振って拍子を取ると、静かでゆったりとした楽曲が流れ始めた。

「…………」

 その調べを、佳祐も恵美も、そして周囲に居た間宮中のメンバーたちも、真剣な面持ちで聴いていた。なるほど、良く練習を重ねて来たのが見て取れる、丁寧で非常に端正な演奏であった。が、何かが引っ掛かる……という感じで、ある者は首を傾げ、またある者は頷きながら、3分少々の演奏に聴き入っていた。

 やがて演奏が終わると、紗耶香はサッと目線を上げた。それを合図に、悠志たちは一斉に立ち上がって、観客である佳祐たちに対して礼をした。コンテストなどではお馴染みとなっている所作である。

「……どうだ?」

「んー……全体的にレベルは高いし、上手いと思うよ。けど……」

「うん。いい感じなんだけど、ユージだけ浮いてるかな。何て言うか……そう、周りと色味がちょっと違う感じで」

 やはりと云うか。佳祐も恵美も、当間たちと全く同じ判定をしていた。奏者を一人ずつ評価すれば、全員が及第以上と言える演奏をしてはいる。しかし、全体の調和が取れていない……まさに彼らが抱いていた評価が、そのまま表れていた。

「俺、下手になったのかな?」

「いや、それは違うだろ。もしそうなら、もっと違う形で指摘される筈だし」

「じゃあ、私たちが鎚矢くんと釣り合うように、もっと頑張れば……って事かな?」

「うーん……それも違う気がするよ。さっきケースケも言ってたけど、他の皆もレベル高いからね」

 そんな討論を行った後、悠志だけ少し音量を下げてみるなどの微調整を行ってみたりもしたが、やはり結果は同じとなった。奏者各々の技量は高いのだが、全体的には低い評価となってしまうのだ。しかも、それは自己評価のみならず、客観的な意見を踏まえての評価であるため、更に深刻な事態を招いていた。

「なぁユージ、ちょっと試しに、遠山と代わってみてくれないか?」

「え? あぁ、成る程……そういう事か。じゃあ遠山、頼むわ」

 ここで佳祐の提案によって、間宮小で悠志と組んでいたメンバーの一人である遠山という男子を、悠志の代わりに組み入れてみるという試みが為された。彼はサッと譜面に目を通し、うんと頷くと、準備OKのサインを出した。流石に名門校で鳴らしているだけの事はあるのか、ぶっつけ本番であっても吹きこなす自信があるようだ。

「よろしくお願いします」

「遠山ぁ、ウチの渡部先輩に見とれてミスるなよ?」

「バカやろ、変なこと言うな……気にしないで下さいね、渡部さん」

「クス……鎚矢君も、そういう冗談を言う事があるのね」

 このやり取りのお陰で、メンバーが変わった事によって緊張気味となっていた紗耶香の表情がほぐれ、いつもの調子となった。茂はマイペースを保てるのだが、紗耶香はこういった状況の変化に弱い一面を持っているため、悠志がアドリブを利かせたのだ。そして彼は由奈の背後に回り、小声で何か囁いた。合奏中に気付いた改善点をアドバイスしているらしく、それを聞いた彼女はニッコリ微笑みながら、小さく頷いていた。

「メンタル面で、荒れてたって聞いたけど……」

「うん、調子が悪いようには見えないよな。あの頃のままだ」

 小声で、恵美と佳祐が悠志の様子を客観的に見た評価を話し合っていた。メンバーの緊張をほぐし、さり気ないアドバイスで士気を高める。ムードメーカーとして活躍していた、あの頃と変わってはいない……なのに何故、彼を擁する和泉中吹奏楽部は全体像が不安定なのか。それが皆目わからず、彼らは首を傾げていたのだ。そして紗耶香が拍子を取り、演奏が開始された。

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