§3
練習開始から2時間程が経過したところで、休憩となった。前回の合奏ではダメ出しの連続でダウン寸前だった紗耶香と茂だが、今回はそれほど目立ったミスも無く、指される回数も少なかった。しかし今日、他の誰よりも注目を集め、その成長ぶりを評価されたのは、由奈であった。前回の合同練習では合奏に参加せず、個人練習のレッスンを少し受けただけに留まった彼女が、今回は音の出し方から譜読みの正確さに至るまで、あらゆる点で素晴らしい上達ぶりを見せたとして、間宮中の面々からも絶賛されていたのである。
「すごーい! 由奈ちゃん、メッチャ上手いじゃん!」
「あ、あは……前がアレだったから、振り幅が大きく見えただけだよ」
「謙遜しなくて良いと思うよ。オレ達から見ても、上手いと思うし」
「そんな……メグちゃんも織田くんも、褒め過ぎだってば」
その成果を満面の笑みで称える恵美と、その言を支持する佳祐から高評価の言葉を貰い、由奈はすっかり赤面していた。曰く、教えた人が凄かったんだよとの事だが、それが悠志を指しているのは明らかで、今度は彼が注目を浴びる番となった。
「……教わる側が半端な気持ちだったら、ここまで上達してねぇだろ」
と、ぶっきら棒に応える悠志だったが、その頬には仄かに朱が差していた。やはり彼も、主に自分が指導して上達した由奈が高く評価されるのは嬉しいらしく、目線はそっぽを向いていたが、しっかりと照れていた。
「コイツの教え方も、上手くなったんじゃ……どうなんです?」
「えっ? いや、私たちは去年までの彼を知らないし……」
「うん。ただ、彼らが練習に熱中すると、呼んでも答えなくなるからね」
佳祐の問い掛けに、紗耶香は慌てて応じた。その為か、的確な答えを示す事が出来なかったようで、言葉に詰まってしまった。そこで茂が割って入り、『教える側も教わる側も真剣そのもの』という旨の回答によって、彼女をフォローした。
「やっぱりね。そりゃー上手くなる筈だよ」
「……俺の手柄じゃねぇ、上達するかしないかは教わる側次第だ」
「ううん、コーチが良くなかったら上手くなれないよ。鎚矢くんに教えて貰えて、良かったよ」
「そ、そーかよ」
そう言って背を向けた悠志は、もう耳まで真っ赤になっていた。その様を見て、佳祐と恵美は『照れてるぞ』とはやし立て、紗耶香と茂は苦笑いを浮かべていた。そして由奈は……語るまでもあるまいが、やはり俯いて頬を紅潮させ、はにかんでいた。
「でも、こうして君たちと繋がりが持てた事は、僕らにとってはラッキーだったよ」
「そうね。出来ればこれからも、胸を借りに来たいトコなんだけど……構わないかしら?」
すっかり照れて自意識過剰となった悠志と由奈が会話から離脱してしまった為、茂が佳祐と恵美に話を振り、それを紗耶香がフォローする形で、更に交流を深めて行きたい旨を伝えた。それに対して佳祐たちは笑顔で応え、周囲のメンバーたちも頷いていた。
「まぁ、貸すほど無いんだけど……あた!」
「そういうボケは禁止だって言っただろ? 恥ずかしい奴」
「えー? 女子同士なんだし、いいじゃん!」
恵美が照れ隠しにボケて、佳祐がツッコむ。彼らとしてはお約束のスタイルであったのだが、受ける側の紗耶香たちは返答に困り、特に茂などは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あ、そうだ。ちょっと気になってる事があるんだけど……」
ここで、恵美が思い出したように呟き、話題を変えた。それを受けて、由奈はビクッと肩を竦め、悠志も背けていた顔を此方に向けた。紗耶香と茂はお互い頷き合い、佳祐は興味津々といった様子で恵美の話に耳を傾けていた。
「ねぇユージ、さっき由奈ちゃんからチラッと聞いたんだけど、アンコンの練習が上手く行ってないんだって?」
「あー、うん。見ての通り、ウチの皆もかなり上達はしたんだけど……何か、合わせるとシックリこないんだよ」
「ふぅん……それって、ユージがメッチャへこんでんのと関係あんの?」
「そ、それは、その……実は、俺にもよく分かんなくてな」
ここで悠志は、サッと周囲に目を配った。当間と鎌田に聞かれては拙いと考えたのだろう。幸い彼らは間宮中の指揮者と話をしているようで、近くに居なかった。それを確かめると、悠志は由奈の顔を覗き込んだ。その視線に気が付くと、彼女は小さく頷いて、例の話題を出す事を承諾した。
「俺たち、こないだ文化祭で小ステージに出たんだけどさ。その後にちょっと、軽音の奴と揉めたんだ」
「揉めた、って……酷い事をされたとか?」
「いや、奴らに恨みは無ぇんだが……何と言うか、因縁があってな」
ハッキリとしない、わざと直球を避けているような、悠志としては珍しい言い回しに違和感を覚えたのか、恵美は怪訝そうな表情を浮かべた。普段の彼ならば、こんな煮え切らない答え方はしないのに……と。
「ウチと軽音の因縁、ね……話すと長くなるんだけど……」
恵美の疑問に答えたのは、紗耶香だった。彼女もその会話を当間たちに聞かれては拙いと考えたのか、故意に声量を落として囁くように回答した。それを聞き取るため、佳祐と恵美、そして悠志や由奈たちも、自然と顔を寄せ合うような格好になった。勿論、全てを話している時間などは無いので、かなり要点を絞った説明となったが、それでも佳祐たちを唖然とさせるには充分なものであった。
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