§2
「由奈ちゃーん、こっちこっち!」
「メグちゃん、久しぶりぃ! 元気だった?」
先のミーティングから数日が経過した、土曜日の午後。間宮中の廊下で、由奈と恵美が再会を喜んでいた。その様子を見て、悠志たちは苦笑いを浮かべながら『元気だなぁ』と呟いていた。
「……どうしたの? 何かみんな、元気ないみたいだけど」
「あー、うん。アンコン初出場が目の前だから、ちょっとね」
小声で問うてきた恵美に、由奈がやはり小声で応えた。恵美は『ふぅん?』と声を上げながら、由奈の背後に居る悠志たちの表情を窺って、ふとした疑問を抱いた。他の皆はどうか分からないけど、あの悠志がそんな事でナーバスになったりするかな? と思ったようだ。
「もしかして、ユージもへこんでる?」
「って言うか……鎚矢くんが一番へこんでるんだよ」
その回答にギョッとした恵美は、思わず声を上げそうになって慌てて口を噤んだ。それほどに驚いたという事なのであろうが、然もありなん。彼女の記憶にある悠志は、負け知らず……いや、たとえ負けても、逆に相手を負かすまでリベンジを繰り返す、不屈の闘志を持った男なのだ。そんな彼が塞ぎ込むなんて、一体何があったの……? と、恵美はパニック状態に陥っていた。
「……あのー、メグちゃん?」
「え? あー、ゴメン! えーと、和泉中の皆さん、こちらへどうぞ」
由奈の呼び声でハッと我に返った恵美は、慌てて皆の方へ向き直り、アナウンスを始めた。今回はどうやら、自分が案内役である事を忘れなかったらしい。しかし、先の話が相当気になっているのか。音楽室へ向かって歩を進めながらも、彼女は小声で由奈に話し掛けていた。
(良かったら、何があったのか教えてくれる?)
(うん。実は今日の合同練習、鎚矢くんを元気付けるために……)
そこまでを由奈が呟いた時、ちょうど音楽室の前に着いてしまったので、恵美は軽く頷いて由奈に『あとでね』と目くばせを送った。扉を開けると、中では間宮中のメンバーが整列した状態で待機していた。それを見た和泉中の一同も、紗耶香の号令でサッと整列し、彼らと対峙する格好になった。
「間宮中の皆さん、宜しくお願いします!」
代表して、紗耶香が挨拶をし、それに合わせて全員が礼をする。それに応じて、間宮中の側も揃って答礼を返し、練習が開始された。悠志や由奈は勿論のこと、紗耶香や茂も前回の練習の際に見知った顔が出来たのか、それぞれに再会を喜んでいるようであった。
「……ふぅーん。先輩やシゲルも、バテてただけじゃなかったんだな」
「うん、しっかり友達作ってたみたいだよ」
隣同士に陣取った悠志と由奈が、紗耶香たちの様子を見てポツリと漏らしていた。見れば佳祐も、此方に手を振りながらも、茂に話しかけて気さくに笑っている。彼らもどうやら、前回の練習で知己となったらしい。紗耶香などは、数名の女子と談笑をしているようで、前回ほど肩ひじを張った様子は見られなかった。
「じゃ、鎚矢くん。私もユーフォのところに混ぜてもらうね」
「ああ。しっかり揉まれて来いよ、絶対に上手くなるからな」
「うん!」
屈託のない笑みを浮かべて、由奈はユーフォニアムのパート練習に合流すべく、楽器を押し抱いて去っていった。そして悠志は、いつものように軽くバズイングで唇を慣らした後、軽快なリップスラーを披露していた。
「おー、ユージの奴。相変わらず絶好調だなぁ」
「ホント、良い音出しやがるよなぁ。敵わないよ」
そう評するのは、嘗て間宮小で悠志と一緒に吹いていたトロンボーンのメンバーたちだった。彼らも相当な実力者である事に間違い無いのだが、その彼らをしてこの評価……やはり、悠志の調子は悪くなどない。寧ろ好調のようであった。
(おかしいなぁ。ユージはあの通り、絶好調。でも、さっきはメッチャ暗い顔してた……)
ウォームアップ中の悠志を見て、恵美は更なる混乱状態に陥っていた。廊下で迎えた時は見るからに調子の悪そうな顔をしており、由奈もそれを気にしている様子だった。しかし、聞こえてくる音色からは、ネガティヴな雰囲気などは一切感じられない。では一体、彼の……いや、彼らの抱く悩みとは、一体なんなのだろう……と、彼女は頭を抱えてしまった。
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