第四章 調和

§1

 氷室が毎日のように練習のジャマをしに来る――という予想外の展開も沈静化して、悠志たちは再びアンサンブルコンテストに向けての本格的な練習を開始した。が、やはりと云うか、文化祭でショックを受ける前の勢いは戻らず、何となくぎこちない雰囲気となっていた。

「バランスかな」

「いや、旋律が迷子状態なんじゃない?」

 決して、彼らのコンディションが悪い訳ではない。特に悠志などは、氷室に対するライバル意識もあってか、以前にも増して技量がアップした感じですらある。なのに、出来栄えはイマイチ。この不思議で、納得のいかない状況に、紗耶香や茂、由奈でさえも苛立ちと不安を感じていた。

「どう思う?」

「うーん……ハッキリ言っちゃうと、やっぱ鎚矢君が頭一つ抜き出てて、目立ち過ぎてる感じっスね」

 当間の問い掛けに、指導に来ていた鎌田が返す。スポーツの団体競技と違って、バンドや楽団などの場合は『エースが一人でチームを支える』というパターンが成り立たない。つまり、今の彼らの演奏は『抜きん出たエースが、逆に足を引っ張っている』状態だ、という評価であった。

「他の皆も、彼に劣っているという訳じゃないと思うんだけどねぇ」

「そうなんですが……何か、彼だけが浮いた感じなんスよね。上手く周りに溶け込んでないと言うか」

 確かに現状のメンバーの中で、悠志は突出して技量が高く、目立つ存在ではある。しかし、譜面に忠実な吹き方をしていれば、ある程度は各々の技量が均一化され、整った演奏になる筈なのだ。なのに何故、悠志だけが浮いてしまうのか。それが分からず、一同は揃って頭を抱える事となってしまった。

「文化祭の前までは、気にならなかったのにね」

「うーん……『合奏ができるようになる』って目標は達成できたから、その次の課題が見えて来たって事じゃないかな?」

 由奈の呟きに、茂が応じた。その隣では紗耶香が同意を示すように頷いており、悠志は楽器のベルに映り込む自分の顔を眺めながら、頻りに考え事をしていた。

(県大会レベルになれば、俺ぐらいの奴はゴロゴロいる筈だ。なのに俺だけ浮く……こりゃあ、傍から見ないと分かんねぇな)

 当間が言うように、紗耶香たちも下手な訳ではない。寧ろ及第以上のレベルには達していると見て間違いないだろう。なのに、何故か悠志だけが目立ち過ぎてしまうのだ。これは技量だけの問題じゃない、他に原因がある筈だ……と、悠志は考えていた。

「……くん、鎚矢くん?」

「え? あー、何?」

「あの、先生が呼んでるよ」

 由奈が腕を指でつつき、小声で教えてくれるまで、悠志は当間が自分を指している事に気付かなかった。それ程に、彼は深く思考を巡らせていたのだが……そんな彼を見て、当間は苦笑いを浮かべていた。

「すみません、何でしょうか」

「考え事も良いけど、今はミーティングの最中だからね……それで、鎚矢君。また君に、伝令を頼みたいんだが」

「え? 俺が伝令って……まさか!?」

 そのまさかだよ、と言って当間は頷いた。そう、彼は間宮中との合同練習を行う事で、文化祭で受けたショックや、その他の諸問題を吹き飛ばし、解決できないかと考えていたらしい。

「俺は良いと思いますけど……でも、今は向こうも全国大会への調整で厳しいんじゃ?」

 そう。間宮中吹奏楽部は、先日行われた支部大会を制し、遂に念願かなって全国大会への出場権を手にしていたのだ。そんな大舞台を目の前に控えている彼らに、果たして他校との合同練習に応じている余裕など、あるのだろうか……という懸念が悠志にはあったようで、当間の問いに対して否定的に応じていた。

「あ、そうか。うーん……良い考えだと思ったんだけど」

「先輩、あたってみては? あちらさんにとっても、気分転換になるかも知れないですし」

「うーん……」

 鎌田の勧めもあって当間は迷ったが、結局は『聞くだけ聞いてみよう』という結論に至り、それは悠志に一任された。そしてその日の夜、ダメ元で……と佳祐の電話にコールしてみた彼は、受話器の向こうから聞こえて来た『大丈夫だと思うよ』という意外な回答に驚いていた。これが実力者の余裕って奴なのか? と。

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