§8
「そっか、電子ドラムって手があったか……あれなら、少し頑張れば中学生でも買えない事は無いからな」
「分解してケースに仕舞えば、持ち帰る事も出来る。ドラムセットの問題点を、根底から覆す手段があったって訳だね」
悠志の呟きに、茂が呼応した。成る程、電子ドラムであれば比較的安価であるため、10万円以内の予算でフルセットを揃える事も可能。音楽室の中に固定しておく必要も無く、分解すれば鍵付きの棚に仕舞う事も出来る。これならば、不在時に悪戯をされるリスクはほぼ無いと言えるだろう。
「他の楽器が全部、個人所有の物だとしたら……部費を全部つぎ込めば、シンセサイザー買えちゃうよね。アンプやミキサーは、型落ちの中古品を安く仕入れれば体裁は整うもんね」
紗耶香の分析も的を射ていた。ギターやベース、ドラムまでもが個人で所有しているものだとするなら、部費として獲得した予算を全てシンセサイザー購入に注ぎ込める筈。それならば、バンドの体裁も整うだろう。そこまでは、彼らにも理解できた。しかし一点だけ、どうしても納得できない事があった。それは……
「奴ら、一体いつ練習してたんだ……それらしい様子は無かったし、音も聞こえなかったぞ?」
悠志が、皆を代表するように呟いた。そう、如何に部屋全体を防音壁で囲ってあろうと、全くの無音という事はあり得ない。かなり抑えられているとは言え、多少は楽器の音が漏れて来る筈である。なのに、誰もそれを聞いた事が無いという。
「まさか、スタジオを借りて練習してたとか?」
「そんなの無理ですよ、予算的に……第一、この近所にそんなもの無いじゃないですか」
演奏中ゆえに小声ではあったが、彼らの議論はかなり白熱していた。例え結成前に楽器の経験を積んでいた者同士が集ったにしても、ぶっつけ本番で合奏が成功する筈はない。それは自分たち自身の体験から、充分に理解している事であった。なのに、何故……と、紗耶香や茂までもが頭を抱えてしまった。が、一人だけその答えに気付いた者が居た。
「あの人たちが使ってる楽器、どれもスピーカーから音が出てるよね?」
「……あ!!」
由奈が、音を出さずに練習できた理由を言い当てていた。軽音楽部の面々が使用しているのは、全てアンプで出力を増幅して演奏するタイプの楽器だ。つまり、ミキサーを介してヘッドホンを接続すれば、ほぼ無音の状態で合奏を成立させる事が可能になる。唯一、ヴォーカルだけは音が漏れてしまうが、マイクを通さない肉声であれば、音楽室の防音壁の性能でも充分に屋外への音漏れを防ぐことが出来るという訳である。そして、彼らが論議をしている間に演奏が終了して……
「……!!」
割れんばかりの拍手と喝采が、ステージに向けられていた。自分たちの演奏は勿論、他のクラブの出し物でも観客がここまで沸き立つ事は無かった。それを、創部から僅か3か月の新設クラブが、あっさりと成し遂げてしまったのだ。これに、吹奏楽部のメンバーは大きなショックを受けた。しかも由奈曰く、最初に見た時は全員がギターないしベースを所持していた。なのに、顔ぶれは変わらず、シンセサイザーとドラムが組み込まれているという。つまり、僅か3か月で転向に成功したという事になる。この高いモチベーションは、正しく評価すべきであろう。
「悔しいけど、見事な演奏だったわね」
「ええ、僕らの完敗です。小川先生にしてやられた感じですね」
紗耶香が唇を噛み、茂も悔しそうにステージを眺めていた。由奈に至っては、声も出ないと云った有様であった。そして……
「……あんな派手な演出で、しかも人気バンドのコピーなら、ウケて当たり前じゃないか!!」
この場で、最も強い敗北感を味わっていたのは悠志であった。然もありなん、彼には『音楽であれば、大抵の者には負けない』という、確固たる自信があったのだ。それを、結成して間もない新参のバンドに崩され、しかもその首謀者はあの小川なのだ。例え向こうにそのつもりが無かったにせよ、彼にとってはこの上ない屈辱となっていたに違いない。
「あのギター兼ヴォーカル、確か……」
「うん、3組の氷室くんだね。その他のメンバーも、全員一年生だよ」
「ドレミの策ね。二年生以上には悪評があるから、一年生だけを集めたんでしょ」
「……気に入らねぇ!」
単に、演奏の優劣だけで評価が分かれたのなら、悠志もここまで不機嫌になる事は無かったであろう。彼とて、音楽を他者と競い合うための手段として考えている訳では無いのだから。しかし、ステージ上の演奏者に向けて送られる拍手と喝采が、斯様に不快なものとして耳に届いたのは、彼にとって初めての体験であった。
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