§7

 暫し時は流れ、9月の中旬。悠志たちは体育館のステージ上で、観客に向かって礼をしていた。パラパラと拍手が聞こえ、照明が落とされる。厳選した3曲を披露した彼らは、それぞれに異なる感慨を抱きながら、舞台袖に下がっていった。

「お疲れさん。どうだ、それ程緊張しなかったろ? 合唱コンクールで慣れてるもんな」

「それはそうだけど……音楽室の中と違って、皆の音がよく聞こえないんだもん。怖かったよ」

 悠志の声に、由奈が呆然とした表情で応えた。然もありなん、彼女はステージに上がった経験はあるが、観客の前でユーフォニアムを吹くのは初めてだったのだ。すっかり舞い上がってしまって、客席へ目を配る余裕など無かったに違いない。

「ほぼノーミスで最後まで吹けたんだから、凄いと思うよ。私なんて、3か所も音を外したのに」

「仕方ないですよ、先輩。ステージに立つのは初めてだったんでしょ?」

 茂の指摘に、紗耶香が苦笑いを浮かべた。そう、彼女は昨年、遂に一度もステージ演奏を体験する事なく、ただ音楽室で個人練習を重ねるだけの毎日を過ごしていたのだ。つまり、メンバー中で彼女だけが、ステージ未経験だったという訳である。

「ま、初ステージであれだけ吹ければ上等だよ。寧ろ、アンコンの前にこれを体験できて良かったんじゃないかな?」

「同感だね。何しろ、コンテストにリハーサルは無いからね」

 学校の文化祭と云う小さなステージであっても、人前で演奏するという事には変わりない。つまり悠志と茂は、アンサンブルコンテストを前提としたリハーサルの代わりとして、このミニステージは格好の機会だったと考えていたようである。

「ともあれ、お疲れさん。サッサと楽器を片付けて、他の出し物を見物しようぜ」

「うん、今日はクラス展示はお休みだもんね」

 由奈の言う通り、今日はステージを使ったクラブ発表を全生徒が見物するという趣向になっている為、教室に設えられているクラス展示や、手芸部・美術部などの展示は休止する流れになっていたのだ。悠志たちの後には英語部が控えており、英訳済みの台本を用いた寸劇を披露する段取りになっていたようだが、残念ながらそれを見物する訳にはいかなかった。体育館の舞台袖は非常に狭く、楽器ケースを安置しておくだけのスペースがない為、音楽準備室に片付ける必要があったからである。

「あーあ、こういう時はトランペットが羨ましいなぁ。楽器を持ったまま客席に行けるもんね」

「仕方ないよ、ユーフォはデカいからな。こんなもんが薄暗い通路に置いてあったら、迷惑になっちゃうし」

 とか何とか。先に客席まで引っ込んだ紗耶香たちを羨みながら、悠志たちは4階までの道のりを急いでいた。悠志は英語部の出し物に興味は無かったのだが、それを見たかったと残念そうにしている由奈が気の毒だったのだろう。彼女に同調して、速足で片付けを済ませようとしていたのだ。

「棚に仕舞うのは後にして、サッサと戻ろうぜ。急げば後半ぐらいは観られるぞ」

「うん、それに……英語部の後の、軽音楽部のステージも気になるし」

「どうせ、簡単にフォークソングかなんか歌って終わりだろ? ギターとベースしか無いんだから」

 同じ音楽系クラブとして、その存在が気になると指摘している由奈とは違い、悠志は軽音楽部に対して低い評価を下していた。その成り立ちやメンバーの如何はともかく、顧問があの小川と云うだけで、嫌悪の対象となるらしい。

 そうして二人が体育館まで戻ると、紗耶香と茂が最後尾の座席で手招きをしていた。上手い具合に4人分の空席が確保できたようで、各々の楽器ケースを置いて場所取りをしていてくれていた。

「あー……間に合わなかったか。もうお辞儀してらぁ」

「残念だったなぁ、英語劇って一度観てみたかったのに」

 本当に残念そうに、由奈は口を尖らせていた。が、各団体に割り当てられる時間は、最長でも十数分程度。そうでなければ、1日で全てのプログラムをこなす事は出来ないので、仕方がなかったのだ。

「さーて、次は噂の軽音……あれ? 何だよ、幕が閉まっちゃったぞ?」

「おかしいね、私たちの時は幕なんか引かなかったのに」

 英語部が舞台袖に引っ込んだ直後、何故か幕が閉められてしまった。普通ならば、そのような手間は掛けずに、サッサと舞台を片付けて、客席からの視線を遮断せずに次の舞台の用意をする筈である。他の生徒たちは、そのような事は気にも留めていない様子であったが、少なくともこうした小ステージを何度も体験してきた悠志と茂は、この展開に違和感を覚えたようだ。

「チっ、勿体つけやがって。派手好きなドレミの案なんだろうけど、気に入らないぜ」

「何か、大掛かりな仕掛けでも……」

 と、由奈が口に出したところで、唐突に大音響でドラムソロが鳴り響いた。そしてスポットライトがステージを照らすと、幕が中央からゆっくりと開かれていった。

「……!! で、電子ドラムか!!」

「それだけじゃない、あれは……まさか、シンセサイザーを持ってる奴が居たなんて!」

 幕が開ききった時、悠志たちは驚愕の声を上げた。6月の時点では、ギターとベースしか無かったはずの軽音楽部が、ドラムとシンセサイザーを追加して、バンドの体裁を完全に整えた状態でステージに上がっていたのだ。しかも、かなりレベルの高い演奏を披露しながら……である。

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