§4

 間宮中とコンタクトを取った当間は、職員通用口にある受付で入館者受付簿に必要事項を記載した後、すぐ前に見える階段で二階へ上り、迎えを待つよう指示されていた。そこから音楽室に誘導するという手筈になっているようである。

「へぇー……やっぱ中もキレイだなぁ。うちの学校なんか、壁のペンキが剥がれちゃって、それだけで古さを感じるもんな」

「仕方ないでしょ、うちは築年数50年超えのボロ……歴史ある校舎なんだもの。それに、これだけキレイだったら、汚したら目立つでしょ? だから丁寧に扱ってるんだよ、きっと」

 内装を見ても、やはり最初に抱く印象は『新しくてキレイ』というものだった。経年劣化が未だ目立たないのは当然として、紗耶香の言う通り、扱い方も丁寧なのだろう。その事が、彼らの劣等感をますます強いものにしていた。と、そこへ……

「ユージぃ! こっち、こっちだよぉ!」

「っと……よぉメグ、久しぶりだなぁ。卒業式以来か?」

 背後から掛けられた元気な声に、悠志が呼応していた。その主は小学校時代の同級生で、彼に吹奏楽というジャンルを教えた張本人――そう、恵美である。

「わぁー、学ランって奴だぁ。初めて見たよ」

「そっちこそ、ネクタイなんか締めちゃって。気取ってんなぁ」

 数か月ぶりに互いの姿を見て、懐かしさと嬉しさが一気に込み上げて来たのか。悠志と恵美は、唖然としている紗耶香たちを無視して、完全に同窓会モードへと突入していた。恵美には悠志の詰襟学生服姿が、悠志には恵美のブレザー姿が、それぞれ昔の印象をすっかり変えていると見えて、それも気分を浮かれさせる要因となっていたようだ。

「髪、だいぶ伸びたじゃないか。イメチェン狙ってんのか?」

「へへ。ちょっと結えるようになったから、サイドで纏めてみたんだよ。どうかな?」

「おー、イイ感じだよ。ちゃんと女の子みたいに見えるぜ」

 以前と違う髪型になっていたのも、恵美の印象を一変させた要因だった。昨年までは一貫してショートヘアで通していた為、男子と見紛われる事すらあった彼女であるが、今は多少のアレンジが可能な程度の長さになっており、それをアピールする為にムリヤリなサイドテールを作っていた。悠志がそれを指で弄ぶと、恵美は嫌がるどころか、キャッキャと声を上げてはしゃいでいた。そして彼らはその時、背後ですっかり固まっている皆の事を、完全に忘れていた。

「……森戸君、あの二人を止めて頂戴」

「無理です先輩、完璧なバリアを展開されてます」

「鎚矢くん、彼女いたんだぁ……」

 何やら、由奈だけは趣の違うリアクションをしていたが。当間と鎌田を含め、そこに居た全員が、完全に言葉を失って対応に困っていた。と、その時。横合いから掛けられた声によって、漸く悠志たちの会話が中断された。

「おーいメグ、出迎え役が何をやってるんだ?」

「あ、そうだった……ごめんケースケ。この顔を見たらさぁ、ついね」

 その声に反応したのは、恵美だけではなかった。すっかり漫才に興じていた悠志も、パッと顔を上げて返事をしていた。

「おー、ケースケ! ひっさしぶりぃ!」

「相変わらずだな、ユージ。電話貰った時はビックリしたけど、元気そうだな」

 パン! とハイタッチをしながら、男子二人が再会を喜んでいた。そしてその横で、恵美がうんうんと頷いていた。この三人、顔を合わせるとどうにもブレーキが利かなくなるらしい。

「あのー。私たち、どうすれば良いんでしょう?」

「……あ」

 やっとの事で佳祐に声を掛け、その存在に気付いて貰えた紗耶香が、控えめなアピールをしていた。彼女の背後では、由奈と茂が居心地悪そうに佇んでいた。

「えーと、鎚矢君。彼らは小学校の頃の友達かな?」

「はい。こっちの女子が、メグ……佐伯恵美と言います。で、コイツがあの練習曲を作った、織田佳祐って奴です」

 当間の質問に悠志が応え、漸く恵美たちの名が明らかになった。分けても、彼らにとって既に欠かせないものとなっている、あの練習曲を作った人物が目の前の男子であると判明し、皆の視線は彼――佳祐に集中する事となった。

「あ、あのっ! 鎚矢くんから聞いて、その……私、あなたが作った練習曲を毎日吹いてます!」

「え? あ、あー……それはどうも」

 由奈から尊敬のまなざしを向けられ、佳祐は柄にもなく照れていた。然もありなん、彼女は頬を紅潮させ、口上も纏まらないまま、やっとの事で彼に声を掛けたのだ。その様相で迫られれば、大抵の者は狼狽えるであろう。

「お、おいユージ。オレはこの熱いまなざしを、どう受け止めたらいいんだ?」

「ありがたく頂戴しとけば良いんじゃね? ファンらしいし」

「うーん、オレはメグ一択なんだが」

 狼狽した佳祐と、それを冷やかす悠志の漫才が展開され、皆は再び唖然としてしまった。が、ハッと我に返った由奈は、自分の行為があらぬ誤解を招き、この状況を作り上げたのだと気付いて、慌てて弁解していた。

「ま、待って! 私はただ、素晴らしい曲をありがとうって言いたかっただけで……その、ゴメンなさい」

 由奈の顔は、先刻とは違う意味で真っ赤になっていた。そして、やっとの事で真意を伝えると、彼女はしおしおと悠志の背後に隠れるように後ずさりして、黙り込んでしまった。

「あー、コホン。冗談はこれぐらいにして……そろそろ、案内して貰えるかな?」

「っと、いけね。えーと、此方へどうぞ」

 鎌田の促しで佳祐も我に返り、漸く悠志たちは音楽室へと通される事になった。が、移動を始めてもなお、悠志の隣で笑みを浮かべながらキャッキャとはしゃいでいる恵美を見て、当間は『名門と謳われる学校の生徒も、やはり普通の中学生なんだな』と、苦笑いを浮かべていた。

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