§3

「へぇー、間宮中ってキレイなんだねぇ」

「出来てから8年しか経ってないからな。俺らの学校のボロ校舎とは違うよ」

 翌週の土曜日。合同練習の相手である間宮中の校門前に到着した悠志と由奈が、未だ新築のように見える校舎を見上げていた。校門を入ってすぐの所に校舎が建っており、グラウンドはその裏にあるようだ。川のすぐ傍に作られた学校であるため、地盤の関係でこのレイアウトになったのであろうが、そのお陰で、通行人にグラウンドの様子を覗かれる心配が殆ど無い。この辺も、間宮中の方が好まれる理由の一つとなっているようだ。

「鎚矢くんの家って、ここから近いの?」

「近いなんてもんじゃないよ。ほら、さっき橋を渡る手前にマンションがあったろ? あの裏だよ」

「え……えー!? すぐ目の前じゃない! 和泉中に来るより、こっちの方が近いんだね!」

 由奈のリアクションに、悠志は『そうなんだよね』と応え、苦笑いを浮かべた。然もありなん、ほんの僅か、30メートル程向こうの対岸に家があれば、彼の学校生活は全く違うものになり、吹奏楽に於ける全国制覇も夢ではなくなっていた筈なのだ。通学時間も短くなるから、そのぶんストレスも軽くなる。自分であれば、この好条件は喉から手が出るほど欲しい……そう考え至った由奈は、思わず悠志に同情し、フォローの言葉を掛けた。

「そっかぁ……こんだけ近くて、しかも吹奏楽部は全国レベルで……これじゃ悔しいよね」

「んー? まぁ……最初のうちはそう思ってたけどな。でも、今はそうでもないんだぜ」

 その、意外なリアクションに由奈は首を傾げた。何故? 私だったらメチャクチャ悔しくて、卒業するまで文句を言い続けるレベルの問題なのに……と、不思議に思ったようだ。が、悠志はその問いに対し、淡々と答えた。

「そりゃあ、最初から強い学校に入れば、全国大会に行くのだって夢じゃない……って云うか、確実に行けるだろうよ。けど、それじゃあ面白くないじゃん。自分の力で勝ちを掴んだのか、周りの奴の力でそうなったのか、ハッキリしなくてさ」

 それは嘗て、佳祐が彼に対して言った言葉の受け売りであった。が、いつしかそれを、彼自身も持論として語るようになっていたのだ。飽くまで自分の目標は『自分の力で頂点まで登っていく』事であって、誰かに連れて行ってもらって頂点に達するという事ではない。彼はそう言い切ったのである。

「ふえぇ……そっかぁ、間宮中に居たら、間宮中に勝つのは無理だもんね。そういう事でしょ?」

「まぁ、勝つって言うよりも、互いに競い合って上を目指したいって感じなんだけどな」

 そう言って、悠志は屈託のない笑みを浮かべた。その様を、由奈は感心しながら眺めていた――が、いつの間にやらその笑顔に見入っている自分に気が付いて、ハッと目を背けた。

「み、みんな遅いね。確か、午後1時に集合って事になってた筈だけど」

「んー、そろそろ来るんじゃね? 俺らと違って、シゲルや先輩の家は駅の近くだから、こっから遠いし」

 校舎の壁に設えられた時計を見ると、時刻は12時45分を指していた。時間に厳格な性格の者であれば、既に到着しているタイミングであろう。

「あ、来た来た。あの車はマサさんのSUVだよな」

「よく分かるねぇ。この距離からだと、ボーっとしか見えないよ」

 悠志が、遥か向こうに姿を現した車を指して、それが鎌田の愛車であると言い当てていた。しかし、由奈にはそれがハッキリとは見えなかったようだ。彼女も決して視力が悪いという訳ではないのだが、裸眼で2.0を誇る悠志には敵わなかったらしい。因みに『マサさん』と云うのは、鎌田のニックネームである。彼の名前が『雅和』である事から、そう付けられたようだ。

「おー、遅くなってすまん。途中で道路工事をやっていてな、そこで時間を食ったんだ」

「ちゃーす……って、何で先輩たちも乗ってるんです?」

「私と森戸君は、学校の前で待ち合わせてたのよ。そこで先生に拾って貰ったの」

 成る程、駅の付近にある彼らの家からだと、どうしても和泉中の前を通る事になるなぁ……と、悠志は頷いた。が、ふと時計を見ると、時刻は既に12時50分を過ぎていた。ノンビリ話をしている場合ではない。

「マサさん、もう余裕ないですよ。駐車場は、門を入って右に行ったトコですから」

 悠志の誘導に『了解!』と応え、鎌田は車を校内に進入させた。その場で降車した紗耶香と茂は、先刻の由奈と同じように、未だ新築当時のように維持されている奇麗な校舎を見上げ、溜息を吐いていた。

「何かこう……見た目からして差をつけられてるって感じね」

「よしましょうよ先輩、惨めになるだけです」

 紗耶香の呟きに、茂が応えた。そんな二人を見て、悠志と由奈は思わず苦笑いを浮かべていた。

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