§2

 自己紹介が終わった後、当間と鎌田は準備室に引っ込んで、今後の大まかな活動プランを立てるための話し合いに興じていた。12月のアンサンブルコンテストに出場する事が目標だと聞いてはいるが、何しろ補欠なしのギリギリ状態。この4人で本番に臨むという条件が前提となるので、どのように調整していくかが問題となったのだ。

「どう思う?」

「そうスねぇ……ユーフォの子がモノになれば、イケるんじゃないスかね」

 鎌田の言に、やはりな……という感じで当間が苦笑いを浮かべた。成る程、トランペットの二人は中学生プレイヤーとしては及第、悠志は言うに及ばず。つまり、ずぶの素人である由奈が合奏に耐えられるレベルにまで上達すれば、何とか格好は付くと云うところ。二人の意見は、ほぼ同じだったのだ。

「ふぅん……トランペット2本、トロンボーンとユーフォが1本ずつか。チューバをユーフォに置き換えた構成で考えるなら、曲の候補も幾つかありますね」

「まぁ、その辺は後で考えようよ。今は彼女を、トランペットの二人と同じぐらいの程度に仕上げる方が先決だからね」

「そうスね。しかし……あの子が吹いている曲、俺は聴いた事ないんスけど。先輩、知ってます?」

 音楽室から聞こえてくるユーフォニアムの音色に、鎌田がふと首を傾げた。が、話を振られた当間も同様、初めて聴く曲だという。ゆったりとしたテンポで親しみやすく、どこかで聞いた事のあるような旋律なのだが、覚えがない。その不思議な楽曲に強く興味を惹かれた彼らは、その実体を知りたくなり、音楽室の中へ駈け込んでいった。

「練習中にゴメン。君が吹いているその曲、何て……あれ、手書き?」

 まず、当間が由奈の譜面台を覗き込んだ。が、そこにあったのは意外にも、鉛筆で記された手書きの楽譜をコピーしたものであった。

「あ、はい。鎚矢くんから貰ったんです」

「ふぅん……あれ、題名が無いようだけど、書き忘れかい?」

「いや、これは小学生の時に、同級生が作った曲です。だから題名は無くて、代わりに番号が付いてるんです」

 その回答を聞いて、当間は勿論、鎌田も驚愕の表情を浮かべた。然もありなん、彼の言が本当だとすれば、その曲を作ったのは小学生だ、という事になる。とてもではないが、平然と聞き流せる話ではなかったのだ。

「ちょ、ちょっと見せて……鎚矢君、今の話は本当か?」

「嘘言ってどうするんですか。ほら、他にもありますよ」

 悠志はカバンの中からクリアファイルを取り出し、広げて見せた。そこには由奈が持っていたものと同様の、手書きの楽譜が何枚も入っていた。旋律と伴奏だけのシンプルな小曲が殆どであったが、中には本格的な吹奏楽編成の楽曲もあり、しかも全て完全なオリジナルであるという。これに当間たちは、思わず言葉を失ってしまった。

「驚いたな。時々『中学生が作曲してみた』なんて動画を、目にする事はあるけど……」

「完成度が全然違うっスよ。これなんか、コンサートで演奏しても充分に通用するレベルですね」

 悠志が持っていた楽譜を手にした鎌田は、そのレベルの高さにただ驚くだけであった。が、彼はその作曲者が悠志の同級生であるという一言を思い出し、待てよ……? と目を見開いた。

「同級生が作った曲だ、と言ったね。その友達は、吹奏楽部に入らなかったのかい?」

「いえ、小学校で一緒だった奴は殆ど、間宮中に行きましたから」

 成る程、彼だけが飛びぬけて技量が高いのは、そういう訳だったのか……と、鎌田は頷いた。そして彼は、こういう繋がりを上手く使うべきなのでは? と思い立ち、その旨を当間に提案した。

「先輩。間宮中との合同練習ってのは如何です?」

「え? ……成る程、面白いね。あちらはレベルの高い名門校だし、良い経験になるかも知れないね」

 その提案に、真っ先に飛びついたのは悠志だった。元々は間宮中に進むつもりであった彼にとって、それはとても魅力的な話であったからだ。

「合同練習……って、そういうのアリなんですか!? つまり、連中と一緒に吹けるって事ですか!?」

「そうだね。サッカー部でも良く、他所の学校と練習試合をする事があるんだけど。それと同じようなものだね」

「いい、良いっスよそれ! やりましょう、是非!」

 悠志は完全に乗り気だった。然もありなん、彼は数か月前まで、間宮小の吹奏楽部で活動していたのだ。そのメンバーの殆どが居る間宮中と合同で練習が出来るのだから、喜ぶのも無理からぬ事だった。が、紗耶香はその提案に強く反対した。

「ちょ、ちょっと待って! 私たちと間宮中じゃレベルが違いすぎる、ついて行けないよ!」

 紗耶香は、必死にその提案を否定しようとした。地区大会のシード権を保持し、既に支部大会常連となっている彼らと、漸く活動を再開できたばかりの自分たちとでは差がありすぎて、却って自信喪失に繋がってしまうのではないか? という不安が、彼女にはあるらしい。しかしその意見に、茂が待ったを掛けた。

「確かに、これが勝負だったら当たりたくないですけどね。練習相手としては好ましいですよ」

「え……?」

 自分と同じ慎重派であると思っていた茂がその発言をしたのが、意外だったのだろう。紗耶香は思わず驚きの声を上げ、絶句してしまった。そして更に、由奈からも合同練習に賛同する声が上がった。

「私は、やってみたいです。上手い人と一緒に練習した方が、自分が上達するのも早いと思います」

「あ、う……」

 由奈の意見は的を射ていた。実際にその通りで、格上の相手と競い合った方が得るものが多く、上達も早い。紗耶香もそれは分かっている筈なのだが、どうしても引け目を感じてしまうのだろう。いま一つ積極的になれなかったようだ。そして更に……

「先輩、部長がそんな弱気じゃ困りますよ。もっとアグレッシブに行かないとダメです」

「……キミ以上にアグレッシブな人、今まで見た事ないんだけど」

 悠志がトドメの一言を浴びせ、反対1に対して賛成が3となり、この時点で紗耶香の意見は多数決で却下される事となった。あとは当間が渡りをつけ、間宮中からの承諾が得られればOKである。

「俺、友達にこの事を伝えときますよ。そうすりゃ、話も通りやすいでしょ?」

「うん、それは助かるな。よし、頼むよ」

 当間が頷くと、悠志は『よっしゃぁ!』と雄叫びを上げ、全身で喜びを表現していた。然もありなん、彼にとっては仲間との再会を果たし、更には紗耶香たちのモチベーションをアップさせるためのチャンスにも直結する。嬉しくない筈が無い、と云うところだろう。

 ともあれ、こうして悠志たちにとって初のイベントとなる、間宮中との合同練習が企画されたのだった。

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