第一章 種蒔き
§1
入学式の日、悠志は真新しい詰襟の学生服に身を包み、体育館の前に待機させられている行列の中にいた。周りはみな和泉小の卒業生なのか、知っている者の姿を見つける事は出来なかった。
(はぁー……アウエー感ハンパねぇな。8割以上が和泉小の奴だって聞いてたけど、あれマジだったんだな)
体育館の中では、既に教職員や父兄が着席して、新入生の入場を待っているようだ。これだけの大人数が密集しているのに、話し声ひとつ聞こえてこない。統制が取れていると言うのであろうが、悠志はこのような雰囲気が苦手だった。
(ま、どうって事ないや。知り合いが居ても居なくても、やる事に変わりは無いんだし)
入学式が終わったら、すぐに吹奏楽部に入部して、恐らくは低下しているであろう技術レベルを間宮中のそれに近付けていく。和泉中に入学する事に決まったその日から、悠志の目的はその一点に絞られていた。旧知の友達が居ても居なくても関係ない、俺はこれから革命を起こすんだ……それだけを考えて、彼は今日この場に臨んだのだ。が、しかし……
(……ここにも無い。変だな、野球部やサッカー部のポスターはあるのに、吹奏楽部のは無い……)
新入生の入場が始まったその時、悠志は違和感を覚えた。校門から教室、廊下と、あらゆる場所に掲示板があり、各クラブの新入部員を募るポスターが掲示されているのを何度か見たが、何処にも吹奏楽部のポスターが無かったのだ。確かに、体育会系のクラブに比べれば控えめなアピールになるのであろうが、全くアクションが無いと云うのはどういう事かと、彼はその理由について推理してみた。
(そうか、此処の先輩たちは間宮中の勢いに呑まれて、弱気になってるんだな。情けない!)
この時、悠志の使命感は更に激しく燃え上がった。面白い、やってやろうじゃないか。先輩だろうが何だろうが、そんな事は関係ない。徹底的に叩き直してやるぞ……と。
そして入学式の終了後、担任教師から吹奏楽部の練習場所が第一音楽室および、その周辺であると聞いた悠志は、早速そこへ行ってみた。しかし、まだ練習開始の時刻になっていないのか、部員の姿は何処にも見えなかった。
(2年とか3年の人は、午後から集合してくるのかな? それとも、今日は式典だから、練習自体が休み……?)
いや、それはおかしい。授業は無いかも知れないけど、放課後になれば部活動の練習はある筈だろう……と、悠志はこの状況を不思議に思い、やがて苛立ちを感じ始めた。
「って云うか、音楽室としか書いてないけど……こっちが第一音楽室で良いのかな? もしかして、場所が違ってるのかも」
そうだ、そうに違いない! と、悠志は踵を返してその場を離れ、もう一つの音楽室へ行ってみる事にした。と、その時。
「……誰?」
音楽室に隣接している小さなスペースの扉が開き、長い髪を一本の大きな三つ編みにした女子が顔を出した。名札の色は悠志の水色とは違う、緑色だ。どうやら2年生らしい。
「あ、何だ、人が居るじゃん。えーと、此処って第一音楽室で良いんですか?」
「……そうだけど、それが?」
その2年生は、柱にもたれ掛かりながら、気だるそうに答えた。悠志はその態度に軽い苛立ちを覚えたが、上級生だし……と思い、此処は自分が引いておこうと考え、穏やかな口調で質問を始めた。
「俺、1年8組の鎚矢って言います。吹奏楽部に入りたくて、此処に来たんですけど」
「入部……?」
「そうですよ、此処って吹奏楽部の練習場所なんでしょ? つまりは部室って奴だ。違うんですか?」
「……間違ってないよ。けど、入部……ねぇ君、此処が吹奏楽部の部室だって、誰に聞いたの?」
「え? 担任の山本先生ですけど。社会科の」
その回答を聞いて、彼女は『あぁ、アイツか』と言いながら、またも気だるそうに溜息を吐いた。
「それじゃ、知らないのも無理ないね。アイツは野球部の副顧問だから、ウチの活動内容に興味ないんだよ」
「……あの、さっきから何なんです? 吹奏楽部へは、此処に来れば入れるんじゃないんですか?」
「あー、ゴメンゴメン。でもね、今日は……いや、今日『も』かな。部長が来てないから、此処じゃ受け付けられないよ」
部長が来てない? いや、部長どころか、他の部員はどうしたんだよ……? と、明らかに何かがおかしいこの状況を見て、悠志の苛立ちは頂点に達した。
「えーと、先輩? もう一度聞きますけど、此処は吹奏楽部の練習場所なんですよね?」
「そうだよ」
「だったら、何で誰も来てないんです? 今日は入学式の当日だから、授業は無いかも知れないけど。部活はあるでしょ?」
「あるよ。だから、私が来てるじゃない」
さっぱり要領を得ない……来てるなら、何で練習を始めないんだ? と、悠志は更に質問をしようとした。が、それを制して、彼女は先刻からの疑問に対する回答を始めた。
「さっき、部長が来てないって言ったでしょ? それ、用事があるから来てないんじゃないの。来たくないから来てないんだよ」
「はぁ? つまり、サボりって事ですか? じゃあ、他の人は?」
「……今、部活に来てるのは私だけだよ。来てない人を含めて、部員は全部で3人。君が入るなら4人になるけどね」
はあぁ!? と、悠志は思い切り表情を崩して、驚いてしまった。弱体化してレベルも下がったと聞いてはいたが、此処まで酷いとは……と、愕然としてしまったのだ。
「他の2人は? 部長と、もう一人……」
「副部長ね。どっちも3年生だけど、もう二度と此処には来ないと思うよ」
「何でですか!?」
「ちょっと、怒鳴らないでよ。私だって、君を怒らせようとしてる訳じゃないんだから」
ふぅっ……と、3度目の溜息を吐くと、彼女は悠志を音楽準備室の中へ招き入れた。廊下でするような話ではないし、立っているのも疲れてきた。長くなりそうだから、座って話しましょう……と、気だるそうな態度を変えようとせず、窓際にある机の前に腰かけ、悠志にも椅子を勧めた。
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