§3
「えー!? 俺、和泉中に行くことになるんですか!?」
恵美が転校してきてから3年余りが経過し、彼らは6年生になっていた。が、あと半年ほどで卒業となるタイミングで、それまでは存在した『学区の境界線付近に家がある児童は和泉中学校か、間宮中学校の何れかを進学先として選択する事が出来る』という規約が撤回され、町のほぼ中央を流れている川より東側が和泉中、西側が間宮中と、キッチリ分けられてしまったのだ。これにより、川沿いの左岸側に家がある悠志は和泉中に進まざるを得ないという事になってしまった為、不満を募らせているのだ。それも、自分たちの代からそれが施行されるという話なので、尚更頭にくるという訳である。
「仕方ねぇだろ。偉い人がそう決めたんだ、逆らえねぇよ」
「そうだよユージ、アタシだってお別れはイヤだけど……でも、どうしようもないじゃん」
川の西側に住んでいる佳祐と恵美は、揃って間宮中に行く事に決まっていた。それだけでも充分に不満のタネとなるのだが、実は悠志が和泉中へ進むのを嫌がっているのは、別の理由があっての事だった。
「ちくしょー……間宮中の吹部は、もうすぐ全国へ行けるかもってレベルなのに」
生徒数の増加に伴い、新たに間宮中が開校したのが7年前のこと。その2年後に吹奏楽部が創部され、同年からコンクールにエントリーを始めたのだが、この指導にあたっている音楽教師が破格の実力者であり、発足から僅か2年で県大会を軽く制し、続く支部大会でも銀賞を獲得するという離れ業をやってのけたのだ。悠志はこの大波に乗れることを楽しみにしていたらしく、和泉中ではなく間宮中に進むつもりでいたのだが、それが出来ないと告げられてしまったのだ。面白くないのも当然である。
「でもユージ、ものは考えようだぞ。最初から用意されているプラチナチケットで全国へ行くより、自分の力で勝ち進む方が、面白くないか?」
この時、佳祐の放った『自分の力で』というフレーズが、悠志の不満を吹き飛ばした。確かにその通りだ、誰かに用意された道を歩んでいたのでは、結果として好成績を収めたとしても、それは自分の手柄ではない。自分自身の力で勝利した者こそが、本当の栄光を掴む事になるんだ……と、彼はそう考えたようだ。
「成る程、そっちの方が面白いよな。それに、俺らは将来プロになるんだ。中学校なんて、ただの通り道だよな!」
「そうそう、その通りだ。オレはお前が羨ましいぜ、苦労した方が絶対に上手くなるからな」
「だな!」
佳祐が機転を利かせたお陰で、悠志はすっかり機嫌が良くなった。それを見て、教師はホッと胸を撫で下ろした。と言うのも、彼は一度こうと決めたら最後、なかなか考えを改めない、筋金入りの頑固者なのだ。今回のようにアッサリと納得してくれるというのは本当に稀な事であるため、どうやって説得しようかと、頭を悩ませていたのである。
「ねぇねぇ、中学は別になっちゃうけどさぁ。高校でまた一緒にやろうよ。それで、3人そろって全国へ行こう!」
「おー! さっすがメグ、良いこと言うなぁ! よぉし、約束だ!」
「……いいね。中学でどれだけ力を付けるか、勝負ってトコだな」
こうして悠志は、この状況を逆に利用して、自らを鍛え上げる決心を固めた。そして佳祐たちと、全国大会という晴れ舞台で栄光を掴み、やがてはプロになるのだと心に誓うのだった。
(そうさ、中学校の吹部がヘボでも、それに引っ張られて下手にならなきゃ何の問題も無いんだよ。いや、俺の力で和泉中を、間宮中とタメ張るレベルにしちゃえばいいんだ!)
――という、如何にも少年らしい大きな目標を掲げて、悠志は練習に励んだ。そして月日は流れ、3月。卒業式の日を迎えた彼は、親友たちに暫しの別れを告げて、間宮小学校を巣立っていった。
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