モッチ売りの少女

 昔々、餅のように白い雪の降りしきる大みそかの晩。

 みすぼらしい服を着たモッチ売りの少女が、寒さにふるえながら、街ゆく人々によびかけていました。


「モチは……、いえ、モッチはいかがですか。だれか、モッチを買ってください」


 でも、誰も立ち止まってくれません。


   ●


 モッチとは、マッチ型のお餅のことです。


「年末年始には、正月のために、お餅が売れる。寒いから、マッチも売れる。であれば、マッチのかたちをしたお餅があれば、倍売れるに相違あるまい」


 少女のお父さんが、そのように思って考案したのが、モッチなのでした。絵に描いた餅のようなアイディアだと少女は思いました。しかし、お父さんは少女の言うことを聞く耳を持たず、モッチをたくさん作ってしまいました。


   ●


 凍えるような寒さでしたが、少女はモッチを売り切るまで家に帰るわけにはいきませんでした。そうしないと、お父さんに「この役立たずめ!」と言われて、弾力のある餅でぶたれてしまうのです。


 寒さと空腹で震えながら、 少女は歩き回りました。


 しばらく行くと、どこからか餅を焼くにおいがしてきました。


「ああ、いいにおい。……お腹がすいたなあ」


 そこで少女は考えました。


「そうだわ、モッチをすって暖まろう」


 そう言って、一本のモッチを壁にすりつけました。

 シュッ。

 しかしモッチはもちもちと弾力を呈するばかりで、火がついたりはしませんでした。それもそのはず、モッチは餅であり、マッチではないのです。


「ああ。寒い」


 モッチを壁にこすりつけること数時間、少女はすっかり凍え切ってしまいました。しかし幸いなことに、モッチがもちもちしていたので、少女はなんとか寒さに耐えられました。


 寒空のなか、ついに日付が代わり、お正月になりました。


 壁にこすりつづけていたおかげで、モッチは、摩擦熱でこんがり焼けていました。モッチ売りの少女はモッチを食べ、新年を祝うことができたのです。


「マッチじゃなくモッチを売っていて本当によかった」

と少女は思いました。


 空を見上げると、少女の目に、お星さまが流れ落ちるのが映りました。


「ああ。いま誰かが死んだんだわ」

と少女はつぶやきました。


 少女は、おばあちゃんがこんなことを言っているのを思い出したのです。星が一つ流れ落ちるとき、それは一つの魂が神様のもとへと向かっているあかしなのだ、と。


   ●


 しばらくして家に帰ると、お父さんがモッチを喉に詰まらせて死んでいました。


「あのお星さまは、お父さんの魂だったのね」


 暴力ばかり振るうお父さんがいなくなり、モチベーションが湧いてきたモッチ売りの少女は、モッチをもっともっと――もとい、もっちもっち――量産し、モッチ屋を開くことにしました。


 お父さんの作ったモッチとは異なり、少女は、さまざまな味付けと色のモッチを揃えました。すると、モッチは若い人を中心に人気を博し、少女は大儲けしました。


 もっと儲けを増やそうと思い、少女は新商品として、特大サイズのモッチを作りました。あまりに大きいので、口を大きく開けなければ頬張れないほど巨大なモッチでした。


 少女は、新商品の味見をするために、一人お店の厨房に残ってその特大サイズのモッチを口に入れました。そして一口齧って飲み込んだ瞬間でした。モッチが、喉に引っかかってしまったのです。


 少女はあっという間に気を失ってしまいました。


   ●


 翌朝、従業員がお店を開けると、少女が特大サイズのモッチを抱えて幸せそうに微笑みながら死んでいるのが見つかりました。


 従業員は言いました。

「欲が出たんだなあ」


 少女が、おばあちゃんのもとへと――素晴らしい天国へと――旅立ったのかどうかは、誰も知るよしがありませんでしたとさ。


 餅つき餅つき。

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