第2話

 2011年6月1日

 NHK教育テレビジョンのチャンネル名称が「教育テレビ」から「NHK Eテレ」に変更。新聞・テレビ情報誌の表記も「NHK教育」から「Eテレ」に変更。なお、公文書においては正式名称の「NHK教育テレビ」を従来どおり使用する。


 私は幼い頃、『おかあさんといっしょ』や『みんなのうた』を見て育った。『みんなのうた』の『真っ暗森の歌』が好きだった。歌ってるのは谷山浩子たにやまひろこだ。


 昼過ぎ、小田林おだばやしカヨって婆さんの排泄介助を行おうと居室に入るなり、カヨは「アンタ、あたしの財布とっただろ!?」とわけのわらないことを言ってきた。

「何のことですか?」

「ふん!すっとぼけやがって!あたしゃ見たよ、あたしの財布を盗むのを?」

 私は泣きそうだった。

「いいがかりはやめてよ!」

 そのときドアをノックする音がした。

「はい?」

 私はドアを開けた。

 騒ぎを聞きつけ敦史が助けにやってきた。

「何かあったの?」

「カヨさんが財布がなくなったの私のせいにするんです」

「カヨさん、公香きみかさんがそんなことするわけないじゃないですか」

「どうして、アンタにそんなことが分かるんだい」

「どこかに落ちてるんじゃないの?」

 敦史の言ったとおり、茶色の財布がベッドの下に落ちていた。

 カヨさんは涙をボロボロ流しながら、「すまなかったなぁ」と謝った。

「これからは気をつけてくださいよ?」

 敦史に助けられことで、私の恋心は抑えきれなくなっていった。

 

 6月10日の夜、どうやって告白しようかとアパートのベッドの上で考えているとテーブルの上でスマホが鳴った。着メロはフジテレビ系の恋愛ドラマ『あすなろ白書』の主題歌『トゥルーラブ』だ。歌っているのは藤井フミヤ、私が小学生の頃に流行った。ディスプレイには黒木圭佑くろきけいすけと出ていた。大学時代につきあっていたカレシで、今は中学校で社会科の教師をしている。

 プールやバッティングセンターなどでデートした。性に関しては奥手で、19歳にして彼はようやく童貞を喪失した。私は17歳のときに、3年生の先輩と神社の裏でしたのが初体験だ。

 大学の卒業式の前日、別れた。彼に違う女がいることが発覚したのだ。

 あれから7年、私はずっとひとりだった。

 未練と殺意を抱え、あと3日で30歳になろうとしている。

 小学6年の文集の『将来の夢』に、30になるまで結婚することと書いたのを思い出した。

《久しぶり、元気してた?》

「うっ、うん、何とかね。そっちは?」

《高校3年のときにインフルエンザやって以来、一度も病気してない》

「そりゃあ残念だ」

《ひどくねー!?》

「ひどいのはそっちでしょ」

《あんときは悪かったよ》

小雪こゆきさんとはどうなったの?」

 小雪は圭佑が大学のときにバイトしていたガソリンスタンドの先輩だ。

《2ヶ月前に亡くなった》

「マジ?」

《うん。交通事故でな?飲酒運転してた彼女が悪いんだけど》

 トラックに追突されて死んだらしい。別に悲しいとは思わなかった。人の幸せを奪った罰が当たったのよ。

「で、何のよう?」

《俺とやり直してくれない?》

「何を馬鹿なこと……私にしたこと忘れたわけじゃないよね?」

《だから、謝ってんじゃん》

「忙しいから切るね?」

 私はボタンを押し、一方的に通話を断った。

 忙しいなんて勿論嘘だ。冷蔵庫から缶ビールを出してラッパ飲みした。血圧がグングン上昇する。

 

 6月13日

 三十路に突入にした。出勤前、鏡の前でファンデーションを塗った。

「クソっ!このほうれい線なんとかならんかな?」

 仕事の後、敦史に会議室に呼び出された。愛の告白か?と、期待した。時刻は19時を回っていた。会議室にいたのは敦史じゃなく、岩崎だった。ただならぬ雰囲気に私は身構えた。

「そこに掛けて」

 岩崎に促されパイプ椅子に浅く座った。

 真向かいに座ってる岩崎がゴホン!と咳をひとつして「単刀直入に言うが給料を下げさせてもらう」と言った。

 頭の中が真っ白になった。

 岩崎の話ではあまり業績が芳しくないらしい。

 15万だった給料は12万に下がり、ボーナスもなくなった。

 どうやって生活しろって言うんだ!?

 食ってかかかる勇気もなく、「分かりました」と答え書面にハンコを押した。

 誕生日の自分のご褒美としてつい最近、発売されたばかりのWii Uを買うつもりだったがやめにした。

 アパートに戻り、レモンサワーとビールをラッパ飲みした。ビールを飲み干し、アルミ缶を握り潰した。

「おのれ!岩崎の野郎!」

 最低最悪の誕生日だった。 


 6月最後の土曜日の夜、仕事を終えて私は神戸ハーバーランドにやって来た。夕方まで降っていた雨は上がり、水たまりにオレンジ色の月が映っていた。

 東端は大阪湾に面し、従来工場や倉庫など港湾施設で占拠されていて一般市民が近づけなかった臨海部を市民に開放する狙いを持ったウォーターフロントが開発された。


 当時、政府が奨励していた民間活力導入の方針に沿って神戸市が購入した土地で民間企業が事業を展開する方式で開発が進められ、総事業費は神戸市と民間企業合せて3000億円以上に上った。


 1981年(昭和56年)に竣工されたポートアイランドと並ぶ臨海部の都心的な開発事例である。


 国内では当時としては先進的な方式であった事もあり、1993年(平成5年)度に日本都市計画学会から『石川賞』を受賞すると共に国土交通省の『都市景観100選』にも選定された。

 対岸の中突堤と共に神戸の玄関口の一つとして、神戸港・高浜旅客ターミナルが設けられている。また、ターミナルの南側には造船業大手の川崎造船と三菱重工業の各造船所がある。


 鉄道の便は、地下街のデュオこうべが当地を起点に北(山側)に向かって延び、山陽本線(JR神戸線)の神戸駅・神戸市営地下鉄海岸線ハーバーランド駅・神戸高速鉄道東西線高速神戸駅など複数路線の駅が利用できる。

 ハーバーランド内にある煉瓦倉庫レストラン街にやって来た。神戸港にある明治時代の赤レンガ倉庫2棟を再利用したレストラン施設である。オープンは1992年(平成4年)。

 スパゲティレストランでカルボナーラを食べながら、白ワインを咽んでると酔いが回ってきた。

 心地よさの中で私の頭は澄み渡った。

 スマホの着信履歴から『黒木圭佑』を探し出し、かけた。数秒で彼は出た。

『もしもし?どしたの?』

「あのさ、セックスしない?」

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