その日、龍司は事務所の近くの花屋で、また花束を作ってもらっていた。

 藍子が別の用事のついでにその花屋に花束を引き取りに行くと、先月と同じグラジオラスの花束を手渡された。


 花束を持って事務所に戻った藍子は、龍司と一緒に事務所のあるビルを出た。

 藍子と龍司が通りを歩き始めると、通行人がグラジオラスの花束を持った藍子を意味ありげに見ながら通り過ぎて行く。

 でも、藍子はこの花束が自分のためのものではないことがわかっているので、特に視線は気にならなかった。

「また、降りそうだな」

 龍司が今にも雨が降って来そうな灰色の空を見上げながら呟く。

「雨が降る前にお墓参りが終われば良いんですけどね」

「そうだね。まあ、雨が降ったって傘をさすか、走って戻れば良いだけだよ。でも、藍子ちゃんもお墓参りについて来てくれるなんて、ありがとう」

 今日、龍司が毎月行っている一言もしゃべらなかった子の墓参りに行くと言ったので、藍子もついて行くと申し出たのだった。

 龍司は藍子が一緒に行くと言うのを聞いて嬉しそうだった。

「その子のお墓参りをするのって、俺だけなんだ。事務所の元所長がいた時は毎月二人で行っていたけど。お墓参りに来てくれる人が増えるのは、その子も嬉しいと思うよ」



 海辺の墓地に着くと、雨は辛うじて降ってはいないものの、さっきよりもさらに雲行きが怪しくなっている。

 遠くに見える灰色の海も、荒れ始めているように見えた。


 藍子と龍司が一言もしゃべらなかった子の墓石があるところへ行ってみると、墓の周りがキレイに掃除されていた。

 墓石も磨いたばかりのようだし、藍子が持っているのと同じグラジオラスの花束まで置かれている。

 藍子はさっき龍司が「その子のお墓参りをするのって、俺だけなんだ」と言っていたのを思い出した。


「天尾さん、もしかして最近お墓参りに来ましたか?」

「いや、一か月前に藍子ちゃんと一緒に行ってからは来てないよ。誰だろう?」

 龍司は不思議そうな表情をして墓石を見下ろしていたが、やがて思いついたように顔を上げた。「一人だけ、お墓参りに来そうな人間がいる。俺の事務所の元所長だよ」

「あの行方不明のですか?」

「そうだ、絶対にそうだ。あの神子島って男が出てきたから、元所長も出てきたんだよ。どうして俺の前に姿を見せないのかはわからないけど、もしかすると、その内、元所長に会えるかもしれない」


 藍子は龍司が嬉しそうに話すのを見て、自分も嬉しくなって来た。

 藍子も須佐が急に亡くなった時はショックだった。大切な人が急にいなくなった人間がどんな思いをするのか、痛い程良く分かる。

 そんな急にいなくなってしまった人間が戻って来るかもしれないなんて、本当に嬉しいのだろう。


 自分も須佐が突然目の前に現れたら、どんなに嬉しいか。

 藍子は龍司にだけは元所長との再会を果たしてしてほしいと願わずにはいられなかった。


 もちろん、藍子は今でも須佐と会えないのは淋しいと思う。

 それでも藍子は龍司と出逢えて、龍司の仕事を手伝えるようになって本当に良かったと思えるようになっていた。


「そうですね、元所長と近いうちに会えると良いですね」

「うん。でも、藍子ちゃん、もし元所長が戻ってきて心の声が聞こえる体質を取り戻したとしても、事務所のこととかいろいろと手伝ってくれるよね?」

「えっ?」

 藍子は意外な言葉を言われて、思わず龍司の顔をまじまじと見つめた。

「藍子ちゃんが手伝ってくれるようになってから本当に助かっているんだ。できればずっと手伝ってほしいんだけど、いいかな?」

 龍司の言葉に、藍子はゆっくりと頷いた。

「はい、もちろんです」

 藍子が答えると、その言葉が合図だったかのように、突然大粒の雨が音を立てながら降って来た。

「ああ、やっぱり降ってきたな。車に戻ろうか」

「はい」

 藍子は龍司の後ろを走りながら、「できればずっと手伝ってほしい」の「ずっと」とはどういう意味なのだろうかと考えた。


 でも、それがどういう意味であろうと、これからもずっと龍司のそばにいられるんだ。

 藍子はそう思うと、自分の走る足取りが軽くなって来るのを感じた。




 【了】

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Rain(レイン) 木原式部 @shiki_hara

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