翌日、大学の授業が終わった藍子は、これからアパレルのバイトに行く友達のめぐみと一緒に新潟駅行きの電車に乗った。

 めぐみもちょうどバイトで良かったと藍子は思った。

 やっぱり、なるべく一人でいるのは避けたい。

 藍子はあの神子島かごしまという男がバイト先近くの路地裏で猫と戯れていたのを思い出して、また寒気を覚えた。

 神子島は路地裏でたくさんの猫と一緒にいたのを目撃して以来、姿を現していない。

 奇妙な出来事も何も起こらない。

 でも、だからこそ不気味なのだ。


 めぐみはパステルブルーに一面クマのぬいぐるみの刺繍が入ったワンピースを着ている。

 髪の色は毛先のピンク色が鮮やかな青色に変わっていた。

 藍子とめぐみが電車に乗り込むと、まばらにいた乗客が一斉にめぐみと藍子を見たが、二人とも特に気にはしなかった。

「めぐみのワンピース、今日もかわいいね。バイト先で買ったの?」

 電車の座席に座っておしゃべりしながら藍子が言うと、めぐみは嬉しそうに頷いた。

「うん。もう次から次へとかわいい服が入ってくるから、バイト代がどんどんなくなっちゃって。藍子の着ているワンピースもかわいいよね」

「ありがとう」

 藍子は紺のシャツワンピースを着ていた。

 そう言えばこのワンピース、めぐみの友達が監禁されていたのを見つけた日に来ていたワンピースだと藍子は思い出した。

 藍子はふと監禁されためぐみの友達がどうなったのか気になった。

「めぐみ、この間の友達はあれからどう? もう大丈夫?」

「うん、もうすっかり元気だよ! でも、まだ犯人は捕まってないみたい。そう言えば、藍子が着ているワンピースって、あの時と同じのだね。友達と藍子って背格好がちょっと似ていて髪型も同じ感じで、あの時は服装も似ていたから、一瞬『あれ? 藍子?』って思っちゃった」

「うん、確かに似ていたよね」

 藍子は何か引っかかるものを感じた。

 この感じは何だろうと考えかけた時、めぐみが思いついたように違う話題を振って来た。


「ねえ、藍子! ところであの人とはどうなったの? あの天尾さんっていう人! あれから会ったりした?」

「あっ、ええと、実はこれから天尾さんと会う予定なんだ」

「えーっ! もしかしてデート?」

 めぐみが瞳をキラキラさせる。

 藍子はめぐみにどう答えて良いのか迷った。

 龍司に「ついて来てほしいところがある」と言われたが、具体的にどこへ行くとは聞いていない。

 もちろん、デートではない。

 めぐみにどう説明すれば良いのだろうか。


「実は、天尾さんに仕事を手伝ってほしいって言われているんだ」

 藍子はとっさに答えた。

「そうなんだ! すごいじゃん、藍子」

「ううん、そんなことないよ。私なんて、上手く手伝えるかどうかわからないし」

 藍子が慌てて首を横に振ると、めぐみはじっと藍子を見つめた。

「だめ! 藍子。もっと自分に自信持たないと。そんなんじゃあ、前の彼氏の時と同じになっちゃうよ。藍子、かわいいし頭も良いし、やせている割には胸もあるんだから、もっと自分に自信を持たなくちゃ!」

 めぐみが藍子の腕を掴みながら言うと、周りの乗客がまた藍子とめぐみに注目し始めた。

「め、めぐみ、ちょっと声、大きいよ」

 藍子は慌ててめぐみに小声で耳打ちした。

「あっ、ごめん」

 めぐみは照れたように舌を出すと、今度は小声で語りかけるように藍子に言った。「でも、藍子、本当にもっと自分に自信を持って! 『私なんて……』って言っていたら、天尾さん、どこかに行っちゃうよ。あんなかっこいい人、狙っている女の子がたくさんいそうだし。仕事手伝うなんて、接近する大チャンスじゃない、頑張って」

「うん、そうだね。ありがとう」

 藍子はめぐみに笑顔を向けながら、ふと涙ぐみそうになった。

 めぐみがこんなに自分に親身になってくれるのが嬉しかった。


 新潟駅に着くと、めぐみは藍子にもう一度「自信持って、頑張って」と言い残し、手を振りながら去って行った。

「自信持って、か」

 藍子はめぐみの後ろ姿を見送りながら、小さく呟いた。

 呟きながら、昨夜の龍司の言葉を思い出る。

(別に、俺は強くないよ)

 龍司のあの言葉はどういう意味なのだろうか、と藍子は歩きながら考えた。

 強くないようには見えないけどな、と藍子は思った。

 少なくとも自分よりは強く見えるし、めぐみだって龍司に「自分に自信持って」とは言わないだろう。

 龍司みたいに強くて自分に自信を持っていれば、心の声が聞こえる体質でこんなに悩まないんだろうなと思いながら、藍子は龍司と待ち合わせたビルへと向かった。



 藍子が待ち合わせした龍司の事務所がある黒いビルの前に着くと、ふいに後ろから名前を呼ばれた。

 振り返ると、龍司が立っている。

「どうしたんですか? その花束」

 藍子は龍司が持っている、グラジオラスの花束を不思議そうに見た。

 周りを行く人たちが藍子と龍司と花束を興味深そうに見比べながら通り過ぎて行く。

 藍子も勘違いしそうになったが、花束は誰かへのプレゼントという割には地味な色合いだった。

 包装もシンプルで、まるでそう、お墓に供える仏花ぶっかのようだ。


「うん、花束、そこの花屋さんで毎月作ってもらっているんだ。今月はグラジオラスだった」

「花屋さん? 毎月?」

「そう。取りあえず、行こうか」

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