③
藍子は占いのバイトが終わった後、階下の久住のバーで龍司を待った。
龍司を待ちながら、藍子は自分の占い用のプロフィール写真とあのカバンをひったくった男の顔が似ていることについて考えた。
プロフィール写真は、普段の自分とはかなり違うメイクをしている。一見すると、普段の藍子と雰囲気が違うので、「別人?」と思ってしまう知り合いもいるかもしれない。
あの写真は占いサロンの代表である久住の妻が、メイクや衣装など張り切って撮影してくれたのを覚えている。
別人のように見えるとは言え、写真の仕上がりは自分でもなかなかよく写っていると思った。アパレルのバイトをしている親友のめぐみには、特に好評だった。
ただ、普段の自分と雰囲気が違い過ぎるので、恥ずかしいような気がしてあまり凝視出来ないでいた。
あのカバンをひったくった男と自分の写真が似ているのに気付くのが今頃になってしまったのは、そのせいだろう。
あの男、龍司に捕まっている時、自分と似ていると思ってあんなにまじまじと見ていたのかもしれない。
いくら占い師用のプロフィール写真が普段と違う雰囲気とは言え、普段の自分もあのカバンをひったくった男と多少は似ているのだろうか。
藍子はあのカバンをひったくった男を思い出して、また鳥肌が立つのを覚えた。
藍子がいろいろと考えながら注文したレモネードを飲んでいると、店の扉が開いて龍司の姿が見えた。
藍子は龍司の姿を見た途端、思った以上に自分が安堵したのに気づいた。
龍司が店の中に入ってくると、心の声が聞こえない人間の印であるアンジェリークの香水の匂いが漂って来る。
一緒に雨に濡れたアスファルトの匂いも微かに流れ込んで来たから、また雨が降って来たのだろう。
「藍子ちゃん、お待たせ。悪いけど、また俺の事務所に来てもらってもいい?」
「はい」
藍子はテーブル席から立ちあがると、カウンターにいる久住にレモネードの代金を払い龍司に続いて店を出た。
久住はいつもと同じようにニコニコとした笑顔を見せながら、藍子と龍司を見送っていた。
店の外に出ると、やっぱり雨が降っていた。
龍司は持っていた傘を広げると、藍子にも差し出す。
藍子はこの間龍司に借りた折り畳み傘が自分のカバンに入っているのを思い出して一瞬迷ったが、礼を言って龍司の差し出した傘に入った。
「今日、あれから大丈夫だった?」
歩き始めると、龍司が藍子に訊いて来た。
「はい、大丈夫でした。ありがとうございます」
「良かった」
藍子はさっきまで考えていたことを龍司に言わなければ、と言葉を続けた。
「あの、天尾さんは気付いていましたか? その、この間カバンをひったくった男の人と私の占い師用のプロフィール写真が似ていることに」
「うん」
少し間を空けて龍司が返事するのを聞き、藍子はやっぱり気付いていたんだなと思った。
龍司は占いサロンに自分を訪ねてきた時、「サロンのホームページを見た」と言っていた。
龍司くらい鋭い人間なら、あの男と自分のプロフィール写真が似ているとすぐに気付いただろう。
きっと、自分に気を使って言わないでいてくれたのだ。
さすがにいくら似ているとは言え「カバンをひったくった男に似ている」なんて、言われて良い気分はしない。
「あの男の人って、一体何者なんですか?」
「俺も気になって。今、調べているんだ」
「でも、どうやって調べるんですか?」
あの男、気になると言えば確かに気になるが、情報があまりにも少なすぎる。
わかっているのは、男の見た目とカバンをひったくったことと、自転車に乗っていたこと、そして「知らない男に、あの
龍司はこの少ない情報から、どうやってあの男を調べようとしているのだろうか。
「調べる方法はいくらでもあるよ。でも、ここだと詳しくは話せないから、続きは事務所で話そうか」
「あっ、そうですよね」
藍子は慌てて周りを見渡した。
周りに人影はまばらだ。特に自分たちに注目しているような人間もいないが、どこであのカバンをひったくった男が聞いているかもしれない。
藍子は口を閉ざした。
龍司は事務所に着くと、藍子に紅茶を入れながら早速話を切り出した。
「あのカバンをひったくった男が乗っていた自転車だけど」
「自転車、ですか?」
藍子はソファに座りながら、カバンをひったくった男が乗っていた自転車を思い出した。
俗に言うクロスバイクと呼ばれる自転車だ。藍子がいつも使っている自転車よりも車輪が大きく、前に屈むようにしてこぐタイプの自転車だったような気がするが、それくらいしか覚えていない。
「あの自転車、ビアンキっていうイタリアのメーカーの自転車なんだ。ビアンキを売っている店なんて、この新潟市内ではそんなにないんだよ。しかも新品みたいだったから、売っている店に行ってみたんだ。『友達が乗っていた自転車が良さそうだったから、同じものが見たい』って言って。二軒目であの男が自転車を買った店を見つけた」
「えっ? 見つけたんですか?」
藍子は思わず龍司をまじまじと見つめてしまった。
龍司はさっき「調べる方法はいくらでもある」と言っていたが、確かに言われてみれば、そういう調べ方もあると納得はできる。
でも、自転車から乗っている人間の素性を調べる方法なんて、普通の人は思いもつかないだろう。
ここまで思いつくなんて、やっぱりすごい人だな、と藍子は龍司を見つめながら思った。
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