藍子は須佐にいろいろと世話になったが、須佐が自分と会っている時以外に何をしていたのか詳しく知らない。

 藍子は須佐に自分の悩みや相談を打ち明けたが、須佐は自分についてはあまり語らなかった。

 藍子も須佐が言わないのならと、須佐や須佐の親戚の占いの先生に突っ込んでまで訊いていない。

 須佐は音楽や本の話はたくさんしてくれた。でも、藍子がそれ以外で須佐について知っているのはカメラマンをしていること、占いの先生の遠い親戚だということ、妻が夭折して妻の実家の写真館で働いていること、そして、未来が見える体質を持っていた、それくらいだ。


「うん、須佐さん、金沢の写真館で働いていたけど、その前はこっちの結婚式場でカメラマンをしたり情報誌の写真を撮ったりしていたんだってね。例えば」

 龍司はそこで地元の結婚式場の名前や情報誌の名前をいくつか挙げた。

 結婚式場は藍子も知っている有名な式場ばかりだったし、情報誌も普通にコンビニや書店で並んでいる有名な雑誌ばかりだ。

 須佐は遠慮してなのか別の理由があってなのか、自分の撮った写真をあまり藍子には見せなかった。でも、やっぱり優秀なカメラマンだったんだなと藍子は思った。


「そうだったんですね。私、須佐さんの仕事のことは詳しく知らなかったんです」

 そう言いながら藍子は龍司から視線を逸らした。

 須佐の話を聞くうちに、目頭が熱くなって来たのを無意識に隠してしまった。

 龍司は少しの間、黙っていたが、やがて話を続けた。

「須佐さんが金沢に行く直前まで写真撮影を依頼していた会社に知り合いがいて、須佐さんについていろいろ訊いてみたんだ。その人、須佐さんはちょっと不思議な人だったって言っていた」

「不思議な人、ですか?」

「うん、須佐さんに『来月、T県に行こうと思う』って言ったら、『来月よりも早い方がいい』って言われてその通りにしたら、次の月にその県で大きな地震が起こったらしい。それだけなら偶然だと思うけど、別の人に話しを聞いてもそういう話が結構出てくるんだ。

 須佐さんは『遠い親戚が占い師で、そんなことを言ってたんだよ』って言ってたらしいけど」

「待ってください」

 藍子は慌てて龍司の話を遮った。「そのT県の地震って、数年前の地震ですよね?」

「うん、そうだよ。どうかした?」

「だって、私が須佐さんと初めて会ったのが中二の時で、その時には須佐さん、未来が見える体質は自然消滅したって言ってたんです。T県の地震って私が中三の時の地震だから、須佐さんは未来が見えなかったはずなのに」


 これはどういうことなのだろうか。須佐の予知能力は自然に消えていなかったのだろうか。

 もしかすると、本当に占いの先生が須佐に占いの結果を伝えたのだろうか、と藍子は思った。


 でも、占いで地震が起こる正確な位置や日時を当てるなんてできない。


 例えば、西洋占星術なら、ホロスコープの星の並びで不吉なことが起こりそうな星の配置もわかるが、それがどこでいつ何が起こるかなんて正確に当てるのは難しい。

 自分の占いの先生でも出来ないだろう。


 藍子は須佐が「もし、誰かの心の中の声を言ってしまっても『占いで当てた』と言えば、良いカムフラージュになるかもしれない」と占いの勉強を提案してくれたのを思い出した。


 あの占いで当てたというアイデアは、須佐がその場の思い付きで言ったものではなかったのだろうか。

 須佐が元々自分の未来が見える体質をカモフラージュするために使っていたのを、藍子に伝授したのかもしれない。

 そして、須佐はそのカモフラージュを使って、龍司の知り合いがT県の地震に巻き込まれるのを阻止したというのだろうか。


「須佐さんは藍子ちゃんに、未来が見える体質は自然消滅したと言っていたんだ?」

「はい。中二の時に初めて会った時にはすでに消えていたと言ってました。でも、今の話を聞くと違うのでしょうか? 私も占いやっているからわかるんですけど、占いで地震が起こる正確な位置や日時を当てるなんて、私の先生でもできないと思います」

「俺もそれが気になったから久住さんの奥さんに訊いてみたけど、同じこと言ってた。でも、占いで当てたと言ったら、大体の人はそうなんだって思うだろうね」

「私が占いを勉強し始めたきっかけもそれだったんです。須佐さんに『もし、誰かの心の中の声を言ってしまっても、占いで当てたと言えば、良いカムフラージュになる』って、すすめられたんです。どうして須佐さん、本当は消えてなかったのに、未来が見える体質は消えたって言ったんだろう」

「でも、須佐さんの予知能力が一時的にでも消えていたのは本当かもしれない」

「どうしてですか?」


「須佐さんのこと、その後もいろいろと調べてみたんだ。須佐さんが『親戚が占い師で言っていた』って、いろんな人に助言し始めたのはあの石月という人の家に行ってからなんだよ。須佐さん、あの石月という人の家を漁っていたらしいから、家から何かを持ち出したのかもしれない」

「もしかして、あのリズのサインCDに入っていたICチップ」

 藍子はカバンを開けて、今度こそタロットカードが入っているポーチに入れておいた須佐のメモとICチップを取り出した。

「今までの話を考えてみると、須佐さんが石月という人の家から持ち出したものがこのICチップなのかもしれないね。

 須佐さんは元々予知能力を持っていたんだと思う。元々持っていなければ藍子ちゃんに自然消滅したなんて回りくどい言い方はしないだろうし。自然に消えたかどうかはわからないけど、一度未来が見える体質は消えて、石月という人の家から持ち出したこのICチップで」

「未来が見える体質を取り戻したということですか?」


 じゃあ、このICチップは須佐が石月という人の家から持ち出した、特殊な体質を取り戻す道具だと言うのだろうか。

 石月という人は普通の人間が未来を予想できるようになるにはとか、そういう体質を持つにはどうしたら良いのかという研究もしていたらしいから、可能性はある。

「うん。そうなると、藍子ちゃんがこのICチップを持っていると知った誰かが、このICチップを狙っている可能性が高いな」

「でも、誰が。あっ!」

 藍子は思い付いたように顔を上げた。「このICチップがあれば、天尾さんの事務所の元所長の体質が取り戻せるかもしれない」

 藍子は龍司にICチップを手渡そうとした。

 もし、須佐がこのICチップで未来が見える体質を取り戻したのであれば、このICチップで元所長の心の声が聞こえる体質も取り戻せるかもしれない。

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