藍子はバイト先の占いサロン『Universe(ユニバース)』の自分の個室で待機しながら、仕事道具のタロットカードを切ったり並べたりしていた。

 別に何かを占っているわけでもないし、占いの練習をしているわけでもない。

 藍子が考えごとをしている時についやってしまう、いつもの癖だった。


 藍子はテーブルにタロットカードを並べながら、さっき受付スタッフに言われた言葉を思い出していた。


(――18時に更科さんがいるとホームページで見たから予約したいって電話があったんですけど、今日更科さんは18時は出番じゃないですよね?)


 最初、18時は確かに藍子の出番の予定になっていた。

 でも、後から時間が変更になって、藍子は18時前にバイトが終わることになったのだ。

 変更になる前の時間はサロンの受付スタッフも知らないし、サロンのホームページにも告知していない。

 知っているのは藍子とサロンの経営をしている久住の妻だけだ。

 久住の妻はしっかりしているから、誰かに変更になる前の時間を言うわけがない。

 藍子も変更前の時間を誰にも言っていなかった。

 

 変だな、と藍子はタロットカードを並べながら考えた。

 どこから変更になる前の時間がもれたのだろうか。

 もちろん、電話を掛けてきた人物が、単純に勘違いしているだけなのかもしれない。

 藍子はふと思いついてイスから立ち上がると、個室を抜け出して受付へ行ってみた。

 受付で自分の出番表を見てみる。

 出番表には、やっぱり変更になった後の時間しか書いていない。


 普段なら、少し変だなと思う程度で深く考えないかもしれない。

 でも、藍子はめぐみの言った「心配だね。昨日と今日で二回もそんな物騒なことが続くなんて」という言葉が引っかかった。

 昨日は龍司と一緒にいた時に見知らぬ男にカバンをひったくられた。

 今日の朝は家の庭に知らない人が入って来た。

 めぐみは「二回も」と言ったが、めぐみの友達が監禁されているのを発見したのを含めれば、この短い間に三回も奇妙なことに巻き込まれている。

 自分の考えすぎかもしれないが、どうしても気になってしまう。


 藍子が出番票を見ながら難しい顔をしていると、同僚の占い師が声を掛けてきた。

 占いの解釈で相談に乗ってもらいたい、とのことだ。

 藍子は笑顔で頷くと、同僚の個室へ行って話を聞いた。


(すっかり話し込んじゃった)

 同僚との話を終えて藍子は自分の持ち場の個室に戻った。

 個室の中に入った藍子は思わず声を上げた。

 部屋の様子がまったく変わってしまっている。

 タロットカードは床に散らばり、テーブルクロスや部屋の中にある装飾品がぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 まるで、嵐か竜巻が通り過ぎた後のようだ。

(でも、窓なんて開いてないし、今日は風もそんなに強くないのに)

 藍子はしばらくしてやっと、誰かが個室の中に侵入して部屋を荒したのだ、と気付いた。



 その日、藍子がバイトを終えて最寄りの新潟駅へ向かおうとしていると、後ろから声を掛けられた。

「藍子ちゃん」

 振り返ると、龍司が占いサロンの階下のバーから出てくるのが見えた。

「天尾さん、こんばんは」

「さっき、久住さんに聞いたよ。サロンに泥棒が入ったんだって? 大丈夫?」

 藍子は思わず龍司の顔をまじまじと見つめた。

 龍司が自分を心配して声をかけてくれたのが嬉しかった。

「大丈夫です、ありがとうございます。私の個室も含めて、サロンの部屋がいくつか荒らされてしまって。何も盗まれなかったんですけど、警察には連絡しました」


 藍子は龍司に言いながら、自分のカバンを個室に置いておかなくて良かったと思った。

 カバンの中に占いの資料が入っていたので、同僚の個室へはカバンを持って行ったのだ。

 自分の個室にカバンを置きっぱなしにしていたら、二日連続でカバンを盗られてしまったかもしれない。


「大変だったね。部屋を荒らされたのは災難だったけど、藍子ちゃんに何もなくて良かった」

「はい」

 藍子は龍司の優しい言葉を聞いて、無意識に自分の目頭が熱くなるのを感じた。

 確かに個室が荒らされただけで何も盗られてはいないし、自分に直接的な被害はない。

 でも、今日は一日ずっと不安だった。

 サロンの部屋を荒らされたのを含めれば、これで奇妙なことは五回目だ。

 めぐみの友達の監禁、男にカバンをひったくられる、家の庭に知らない人間が入って来る、自分の変更前の出番の時間がなぜかもれている。

 そして、サロンに泥棒がはいる。

 短時間でこんなに奇妙なことが連続で起こるなんて、偶然にしては多過ぎないだろうか。


「藍子ちゃん、どうかした?」

 龍司が藍子の顔を覗き込んだ。

 藍子は龍司に声を掛けられて、やっと自分が難しい顔をしながら考え込んでいるのに気付いた。

「あっ、いえ、その」

「何か気になることでもあるの? もしなら、話を聞くけど」

「良いんですか? でも……」

 まだ、龍司の仕事を手伝うかどうかの返事をしていないのに、と藍子は口ごもった。


 めぐみの言った通り、龍司に相談すれば的確なことを言ってくれそうだ。

 相談抜きにしても龍司と話をしたいのが本音だ。

 でも、仕事の手伝いの返事もしていないうちに、龍司に相談事をするのは悪いような気がする。

「もちろん。こういうのは仕事で慣れているから、遠慮しなくて良いよ。久住さんの店で話を聞こうか?」

「あっ、はい、ありがとうございます!」

 龍司に返事をした藍子は、自分の身体がすっと軽くなるのを感じた。

 龍司と話ができる、龍司の傍にいられると思っただけで、自分の中に圧倒的な安心感を覚える。

 この安心感はどこから来るのだろうか。

 龍司がめぐみの言った通り、すごくしっかりしてそうな人だからなのだろうか。

 もちろんそれもあるだろうけど、理由はそれだけではないような気がする、と藍子は思った。

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