③
藍子はバイトが終わると、占いサロンの階下にある久住のバーで龍司と落ち合った。
藍子が前に須佐からもらったアドラーのリズのサインCDを見せると、龍司は予想以上に喜んだ。
リズのサインCDを見ている龍司は、まるでクリスマスや誕生日にずっとほしかったものをプレゼントされた子供のように無邪気な表情をしている。
さっき占いサロンで話している時は年上相応に落ち着いて見えたのに、どっちが本当の龍司なのだろうかと藍子は思った。
それとも、無邪気な方も落ち着いている方も、どっちも本当の龍司なのだろうか。
「でも、このCD、どうやって手に入れたの?」
龍司がCDを見ながら藍子に訊いた。
「高校二年生の時にすごくお世話になった人に誕生日プレゼントでもらったんです。その人、CDをくれた後にすぐに亡くなってしまったから、形見みたいなものなんです」
「そうだったんだ。大切なものを見せてくれて本当にありがとう」
(いつか、そのCDを見せたいって思う人が、藍子ちゃんの前に現れると良いね)
藍子はふと、サインCDをプレゼントしてくれた時、須佐に言われた言葉を思い出した。
あの時、藍子は須佐の言っている意味がよくわからなかったが、つまり須佐が言いたかったのは今の自分の状況なのだろうか。
それほど多くはいなかったにしても、今までにも「アドラーが好き」「リズが好き」と言う人間には何人か会って来た。
バーのマスターの久住もそうだし、高校の同級生や大学の同級生にも何人かいる。
でも、藍子は今までサインCDを誰かに見せようと思ったことは一度もなかった。
初恋の相手である須佐からもらった大切なプレゼントだし、自分と須佐との大切な思い出の品だ。
サインCDを見せようと思ったのは、龍司が本当に初めてだった。
どうして自分は龍司にサインCDを見せようと思ったのだろうか。
瞳の色が須佐に似ていたからなのだろうか、それとも龍司がリズに似ていたからだろうか。
でも、それだけでCDを見せようとは思わない気がする。
龍司には自分がリズのサインCDを見せたいと思わせる特別な何かがあったのだろう。
その特別な何かは良くわからないが、龍司が自分にとって特別な人間になりそうな予感が藍子にはあった。
藍子と龍司はPenny Laneのカウンター席で時間が経つのも忘れて話し込んだ。
アドラーの曲の話題から他のアーティストの好きな曲の話、他にもお気に入りの本や映画の話、日常のちょっとした話まで、とにかくいろいろな話をした。
藍子がふと腕時計を見ると、あっという間に終電近い時間になってしまっている。
昨日も思ったが、龍司と話していると時間が経つのがどうしてこんなに早く感じるのだろうか。
振り返ってみると、確かにかなりの時間が経っている。でも、まだまだ話し足りない気持ちだ。
でも、自分は龍司と話していて時間が経つのを忘れるほど楽しいが、龍司はどう思っているのだろうか。
自分と同じように楽しいと感じていてくれれば嬉しいが、自分に合わせてくれているだけだったら申し訳ない、と藍子は思った。
藍子がそろそろ帰ると伝えると、龍司は昨日と同じように駅まで送ると言ってくれた。
「昨日も送ってもらったのに、すみません」
藍子はさっき「自分に合わせてくれているだけだったら」と考えたことを思い出し、龍司に申し訳なさそうに会釈した。
でも、龍司は藍子の気持ちとは裏腹に、何でもないような表情で笑顔を見せた。
「そんな気にしなくていいよ。俺もそろそろ帰ろうと思っていたし、駅までなら本当に帰り道なんだ。事務所も住んでいるところも駅のすぐ近くだし」
今いる久住のバーは、最寄りの新潟駅から徒歩5分もかからない場所にある。
龍司の言葉からすると、事務所も住んでいるところもバーより新潟駅に近いのだろうか。好立地な場所にあるんだな、と藍子は思った。
「お住まいも事務所も駅が近くて良いですね。お一人で住んでいるんですか?」
藍子は言ってから「訊いてしまった」と心の中で呟いた。
あくまで無意識だったが、自分は龍司に一人で住んでいるのか、つまり結婚していないのか、誰かと一緒に暮らしていないのかと確かめようとしたのだ。
「うん。事務所も今は一人でやっているんだ」
龍司はまた何でもないような表情で言うと、イスから立ち上がった。
藍子もイスを降りると、龍司の背中を見ながら少なくとも結婚はしていないんだなと安堵した。
でも、結婚はしていないとしても、恋人はいるのだろうか。
さっきは「お一人で住んでいるんですか?」なんて無意識に訊けたが、さすがに「お付き合いしている方はいるんですか?」とまでは訊けない。
ただわかるのは、見た目からして龍司はものすごくもてそうだと言うことだ。
例え付き合っている人がいないとしても、自分以外に龍司に好意を持っている女の子はたくさんいるのだろう。
(そうだ! 今度、久住さんに訊いてみよう)
バーのマスターの久住は龍司と仲が良い。今度一人で来た時にそれとなく訊いてみよう、と藍子は思い付いた。
藍子がそんなことを考えながらカウンターの久住に視線を向けると、久住と目が合う。
久住は意味ありげにニコニコ笑うと、なぜか嬉しそうに藍子に軽く手を振った。
藍子は久住に笑顔で会釈を返すと、久住のあの笑顔は何だったのだろうかと首を傾げた。
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